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尊厳死法制化に反対する医師|新城拓也氏の主張とは?「終末期は診断できない」を検証

執筆者の写真: リップディー(RiP:D)
リップディー(RiP:D)
2月9日
読了時間: 25分

更新日:9月20日

最終更新日:2026年9月20日(随時更新)

※更新履歴:参考文献・一次資料を追加・整理|緩和ケア、緩和的鎮静、安楽死・尊厳死をめぐる国内外の研究・公的資料を追記|内容を一部見直し、出典の明確化と記述の精度向上


👉 安楽死の基本的な仕組みや全体像を知りたい方は、こちらの記事をご覧ください↓


👉 安楽死の定義と分類(積極的・消極的・間接的)の違いは、こちらで整理しています↓


👉 混同されやすい、安楽死と尊厳死の違いをを知りたい方は、こちら(延命治療との関係も整理)↓



【尊厳死 法制化 反対 医師】


終末期の定義が曖昧であるならば、安楽死制度の前提そのものが揺らぐことになります。

終末期医療をめぐる議論において、「いつからが終末期なのか」という問題は極めて重要な意味を持ちます。


なぜなら、多くの安楽死制度は「回復の見込みがなく、死期が迫っている患者」であることを前提条件としているためです。この前提が不確かである場合、制度そのものの正当性にも疑問が生じることになります。


日本の緩和ケア医である『新城拓也』医師は、まさにこの点に着目し、



「終末期は明確に診断できない」



という立場から、尊厳死や安楽死の制度化に慎重な見解を示してきました。

この主張は、単なる倫理的反対ではなく、

医療の不確実性に基づく重要な問題提起と言えます。


一方で、海外では



複数の医師による確認や厳格な基準を設けることで、

一定の条件のもとで安楽死制度が運用



されている現実もあります。

こうした制度設計は、

終末期の不確実性という問題にどのように向き合っているのでしょうか。



本記事では、新城拓也医師の発言とその論理を整理し、「終末期は診断できない」という主張が持つ意味を丁寧に読み解きます。そのうえで、この論点が安楽死・尊厳死の議論にどのような影響を与えるのかを、多角的に検討していきます。




👉 世界の安楽死制度の成立経緯を年代順で知りたい方は、こちら↓



🎧音声による動画解説



要約図(自由使用可)


尊厳死法制化に反対する医師は 何を主張してきたのか? 一緩和ケア医·新城拓也の「終末期は診断できない」という論理一  3  「緩和ケアで対応できる」  尊厳死や安楽死は必要ない。 緩和ケアを通じて、 十分に苦痛を和らげることができる と主張しています。  「終末期は 診断できない」  1  新城拓也医師とは?  新城 拓也 医師  新潟県立がんセンター 新潟病院 援和ケア科 部長  2  「終末期は診断できない」  新城医師は、終末期の状態を 客観的に診断することはできない と主張しています。  主な主張1  主な主張2  緩和ケアの第一人者として知られ、 尊厳死法制化に強く反対する医師の 一人です。  「終末期かどうかは 医師にも分からない。 だから安楽死の適応を 決めることはできない」  緩和ケアで 十分対応できる はずた  4  「安楽死は医療の目的に反する」  安楽死は「命を終わらせる医療」であり、 医療の本来の目的である「命を救うこと」 や「生活の質を高めること」に反すると 考えています。  主な主張3  主な主張4  そして、こう結論づける  医療は人の命を 救うためにある。 それが本来の目的だ。  5  「社会に悪影響を与える」  安楽死が認められると、 高齢者や障がい者などの弱い立場の人々が 「生きる価値がない」と見なされ、 社会的に孤立する恐れがあると 警鐘を鳴らしています。  安楽死の拡大は、 弱い立場の人々を さらに追い込む ことになりかねない。  6  「終末期は診断できない。 だから安楽死は 認められない」  新城医師の主張の根底には、 「終末期の診断は不可能であり、 安楽死を認めることは危険である」 というー貫した論理があります。  つまり、 安楽死法制化は 時期尚早だというのが 新城医師の立場です。  この発信に見られる問題点  ! 1現実の限界を無視した主張 終末期の診断ができないという主張は、 現実の医療現場や国際的な制度の実態と 整合しません。多くの国では、蓝格な 基準のもとで終末期の判断が行われています。  結論 安楽死に対る医学的·倫理的·社会的な 不安と拒否感」にあるといえます。  ! 緩和ケアは重要ですが、 すべての苦痛を取り除けるわけではありません。 「緩和ケアで対応できる」という主張だけでは、 患者の多様なニーズに応えられません。  2 緩和ケアの限界を軽視  新城医師の主張の本質は、  ! 「社会に悪影響を与える」という主張は、 不安や偏見に基づくものであり、 安楽死制度を議論する上での 本質的な問題から目をそらしています。  しかし、その主張は現実や 国際的な動向、そして患者の声を 十分に反映したものとはいえません。 だからこそ、私たちは冷静に事実を見つめ、 建設的な議論を続ける必要があります。  3社会的·倫理的な懸念を蔑視



尊厳死法制化を否定する緩和ケア医の論理|新城拓也氏の主張とその問題点


「尊厳死の法制化を認めない市民の会」発足集会と緩和ケア医『新城 拓也』氏



10数年以上前に遡ります。

2012年8月27日、「尊厳死の法制化を認めない市民の会」は発足集会を開催しました。


花柄のテーブルに日本語のビラが束で置かれ、最上部に「尊厳死の法制化を認めない市民の会」と日時が印字された、真面目な雰囲気。

この集会は、2012年に国会提出が検討されていた尊厳死法案に対し、

市民・医療者・障害者運動などが横断的に異議を唱えた象徴的な場でもありました。


2012年8月に尊厳死の法制化を認めない市民の会、の様子。茶色の壁の会場で、多数の人々が椅子に座り、配布資料を手に持ちながら前方を見ている。スーツやカジュアルな服装の混在。

もちろん、尊厳死や安楽死を反対する集団の一角には


2012年8月に尊厳死の法制化を認めない市民の会、に参加する社民党党首、福島瑞穂。青いスーツを着た女性がマイクを持って演説中。背景はベージュ色で落ち着いた雰囲気。胸にバッジがあり、集中した表情。

衆議院ゼロ議席となった、

社民党党首、福島 瑞穂(そして、その周縁集団)がいるのは、お約束の展開です。


※👉 会の様子は、こちらで説明しています↓




この場において、反対の立場から発言していた医師の一人が、緩和ケア医である

『新城拓也』氏です(尊厳死の法制化を反対する医師)。


男性がマイクを持って話している。グレーのポロシャツを着用し、背景は明るい室内。落ち着いた表情で観客に向かって話をしている。2012年8月に尊厳死の法制化を認めない市民の会、に参加する新城拓也、緩和ケア医

新城氏は当時から現在に至るまで、



尊厳死・安楽死に対して

一貫した否定的立場



を取り続けており、その言説は、単なる個人の意見にとどまらず、日本の緩和ケア医療が共有してきた価値観や思考様式を、極めて端的に示しているものといえます。


本稿では、

まず2012年の尊厳死法案に対する新城医師の主張を、可能な限り正確に整理します。

その上で、その論理構造を検討することを通じて、



・日本の緩和ケアがどのような前提に立ち、

・何を問題視し、

・そして何を制度的に放置してきたのか



を明らかにしていきます。




1.新城拓也医師の主張の核心|「終末期は診断できない」という反対論



まず、2012年の尊厳死法案に反対した彼の主張を簡潔に整理します。  

彼の反対論の中核は、次の一点に集約されるでしょう。



「医師は終末期を科学的に診断できない。

 ゆえに、終末期を前提とする尊厳死法案は危険である」



※👉 日本で尊厳死(消極的安楽死)の法制化がされていない理由はこちら↓



この主張は、以下の論点によって補強されています。




尊厳死法案はなぜ危険だとされるのか|予後予測と医師の主観性



①

予後予測には本質的な不確実性があり、医学的に見ても、

精度をもって見通せるのはおおむね30日程度に限られると主張しています。


緩和ケア、新城 拓也のX投稿文。医師ががん患者の余命についてTwitterで解説をしています。赤のアンダーラインで強調された「30日以内かどうかしか分からない」などの文が目立ちます。緑のリンクも確認できます。

※X投稿文はこちらから御覧ください↓





②

終末期か否かの判断は、客観的な医学データのみで完結するものではなく、

医師個人の経験や記憶、主観的判断に大きく左右されると指摘しています。


緩和ケア、新城 拓也のX投稿文。新城拓也の2つのツイートが表示されている画像。余命判断についての批判が述べられ、科学的根拠の欠如が指摘されている。
余命判定はまだ「占い」のレベル、という主張

※X投稿文はこちらから御覧ください↓



「この患者は最終的に亡くなる運命だった」と言えるのは、

亡くなった“あと”になってからであり、



治療の途中段階でそれを

確定的に判断することはできない、



と意見を繰り返し主張しています。




👉 緩和ケアの限界とは?│難治性疼痛・緩和的鎮静と安楽死を考える↓


 👉 緩和ケアの仕組みはこちら↓





③

したがって、尊厳死法案は 



・医師の価値判断による命の選別

 

・優生思想的な「慈悲殺(mercy killing)」 



へと転落する危険性を内包している、と(飛躍的に)結論づけています。

(※なぜ一気呵責に“優生思想”に関係させるのか…大変理解しがたいですが、そういう主張となっています)


赤い下線が引かれた日本語のテキスト。医療に関する内容で、医師や患者の命に関する議論が記載されています。緩和ケア、新城 拓也の投稿文


川口有美子と新城拓也のツイートのやり取り。高齢者や障害者差別、尊厳死についての議論。日付は2012年3月7日。緩和ケア、新城 拓也のX投稿文

※X投稿文はこちらから御覧ください↓


川口 有美子:尊厳死の法制化は高齢者や障害者などの弱者差別

(そんな身体では死んだほうがまし)を助長する傾向にある。

⇧

新城拓也:尊厳死の核心をついています。




新城拓也のツイート。尊厳死についてのコメント。患者に優しく、希望を処し続けることを求める。投稿日は2012年4月5日。

※X投稿文はこちらから御覧ください↓


医師の自分の理想の死に方を体現するために、尊厳死を語るのはやめてください。

ただひたすらに患者に優しく、彼らの希望を処方し続けてください。

(でも、どんなに壮絶な苦痛があっても尊厳死も安楽死も認めないよ)

(その希望は間違っているから)

(オレ、新城医師の理想の死に方に、他の医師も従うべき!)

(※分析者には、この主張がこのような含意を持つように読めます)


死に方は彼らが決めますからひたすら聞き続けてください。

免責や裁判、職を失う不安を打ち消すためにこの法案を支持するのは間違いです。




新城拓也のツイート。医師が尊厳死に関する議論を紹介。優生思想や死生観について述べ、他人の引用を含む。2013年7月31日。

※X投稿文はこちらから御覧ください↓


底流する優生思想、「こんな状態で生きているなら死んだ方がまし」という思想が、

50~80代の方々がよく口にされる死生観のようです。

(※50~80代の患者に「お前らの考え方は間違い」と言ってのけ、朝日新聞ばりの上から目線での投稿が多いのが特徴です。)




新城拓也のツイート。医療に対する考えを述べ、病気を通じて学ぶことの重要性を強調。日付は2013年12月8日。

※X投稿文はこちらから御覧ください↓


しかしその心の中には要、不要の強い信念や、優生思想が見え隠れします。

本来病気は人生の中で避けられない事態です。

病気を通じて学ぶ人生の課題を忌避したいという考えが医療を変質しているのです。


※「病気を通じて学ぶ人生の課題を忌避したい」

“病”から結果的に得られる学びはあるかもしれないですが、

それを前提・目的のように語るのは、押しつけがましく感じる人が大半でしょう。




新城拓也のツイート。@tako_ashiへの返信で、尊厳死に関する意見を述べ、優勢思想について言及。2014年1月10日。

※X投稿文はこちらから御覧ください↓


むしろ、こんなになっても生きている意味ないでしょ?の優勢思想が蘇生しているんです。



👉 実際に緩和ケアを受けても、どれだけ苦痛が残るか↓






安楽死否定へと連なる論理|緩和ケア万能論の前提


④

そして、この議論は、安楽死制度そのものへの否定へと繋がっていきます。


「生きる権利と、苦しまない権利を十分に保障し、緩和ケアを徹底すれば、

『死なせてほしい』という



訴えの多くは、

適切なケアによって変化



する。

したがって、安楽死を“最後の手段”として位置づけること自体が誤りである。」


・「生きる権利をきちんと保障してこそ、死ぬ権利がある」


・「生きる権利、苦しまない権利が軽視されている」


・緩和ケアを徹底することで「死なせてほしい」という訴えが減る/変わる


・安楽死は苦痛からの最後の手段ではない


・「死なせてほしい」は信頼関係の証だが、

適切なケアで生きる方向に変わることが多い。


・変わらない患者もいるけど、それは自殺でOK

(※このように読める、という意味です:後述)


新城拓也のツイート。穏やかな死についての意見と記事リンク。背景は白。テキストに強調表示あり。投稿日は2017年10月27日。

※X投稿文はこちらから御覧ください↓


私は充実した緩和ケアをきちんと実行できれば、

苦痛から逃れる最後の手段として安楽死を考えないのではないかと思っています。


安楽死は、苦痛から逃れる最後の手段ではない

(BuzzFeed Japan)- Yahoo!JAPAN共同企画






新城拓也によるツイート。熊本大学の講義準備で、著者と対談。安楽死や社会保障制度の弱さについての考察を共有。

※X投稿文はこちらから御覧ください↓


…「安楽死が合法の国でおこっていること」(ちくま新書、2023)の作者、

 児玉真美さんと1時間話した。1年ごとに知識をアップデートしています。

社会保障制度の弱い日本で安楽死の導入は拙速だなと考えています。


👉 児玉真美氏についての詳細は↓

『安楽死が合法の国で起こっていること』を読む前に|児玉真美と“命の選別”思想の背景


👉※安楽死 反体勢力については、こちらから



日本の安楽死反対勢力の正体: 反対運動を支える「3大組織」と「理論的支柱」 衝撃の構造を解明!  DPI日本会議 政策提言とロビー活動の中核。 約90団体を束ねる司令塔。  岡部宏生(故人) 運動間の橋渡し役。 安楽死反対の象徴的存在。  資金·人脈·支援  連携·支援  政策提言·発信  日本自立生活 センター(JCIL) 実践的な擁護活動の拠点。 京都発、街頭行動·映像発信で 可視化。  PROTEST  3大核心組織 思想·人脈·資金で 反対運動を支える  連携·協力  ←  ピープルファースト ジャパン  知的障害当事者の主体的な訴え。 当事者の言葉で運動に説得力。  理論 相互に補完し、容易には前せない反対の壁を形成。  行政·世論への浸透プロセス  児玉真美 反対論の“理論的背骨”。 思想が実践活動の論理的根拠に。  連論的支柱  理論·実践·当事者性の「三位一体」構造  実践  個人体験  透明書提出 要望書、意見表明、 シンポジウム等で 議論をストップ。  3大組織 +理論的支柱 が織りなす、緻密な反対運動の構造  会議室 公開フォーラム  メディア 報道·発信で 世論を形成。  行政·立法 制度の「入口」へ。

※参考↓

👉 障害者運動の歴史|2000年代から現在までをわかりやすく解説【後編】│尊厳生・生命倫理・ALSと当事者運動の展開↓





一見すると、新城拓也氏の主張は、医療の不確実性を正面から引き受け、拙速な制度化に歯止めをかけようとする点で、きわめて慎重かつ倫理的配慮に富んだ立場であるように見えます。


とりわけ、終末期診断の不確実性や、医師の主観的判断が生命の帰趨を左右しかねない危険性を強調する姿勢は、医療権限の濫用を警戒するものとして、一定の説得力を有しています。


また、「生きる権利」や「苦しまない権利」を優先し、緩和ケアの充実によって患者の訴えが変化し得るとする議論は、医療の責務を安易に放棄しないという意味において、倫理的に高い理想を掲げているようにも受け取られます。


このため、これらの主張は、人命尊重を基調とする慎重論として、多くの人に直感的な納得感を与えるものではあります。


しかしながら、こうした一見周到に構築された論理の内部には、前提の置き方そのものに由来する、


看過できない

決定的な誤り


が含まれています。


その誤りは、単なる制度設計上の欠点にとどまらず、



「不確実性」を理由として、


特定の選択肢そのものを


原理的に排除してしまう思考構造



に関わる問題であり、結果として



患者の自己決定を

不当に狭めてしまう危険性



を孕んでいます。




👉 実際に、尊厳死はもちろん、安楽死を法制化している国はこちら↓




2.反論の要点|「終末期を診断できない」ことは制度否定の理由にならない



新城氏の議論が破綻している理由は明確です。


「終末期を完全に診断できない」ことと、

「終末期医療を制度化してはならない」

ことの間には、 論理的な必然性が存在しません。



むしろ逆に、


終末期を制度化しなかったことこそが、日本において



「世界的には虐待とされる延命治療」



を野放しにしてきた結果につながっています。


延命治療の場面。病室の4分割画面で、高齢の患者4人が酸素マスクや呼吸器をつけて横たわり、1人に男性が寄り添って話しかけている。

👉「尊厳死・延命治療とは」については、こちらから御覧ください↓




3.反論 ① 「終末期は診断できない」

だからこそ法制化すべき



Ⅰ.医学が不確実であることは、制度否定の理由にはならない


新城医師は繰り返し、


「終末期の診断は占いの域を出ない」


と述べています。

しかし、これは



医学という営みそのものを

否定することに等しい



と言えます。そもそも



・がんの進行予測

・認知症の予後

・心不全や呼吸疾患の重症化

・治療効果や副作用の見込みなど



これらはいずれも確率的判断であり、100%の確実性は存在しません。

それでも医学は、



・様々な評価法

・ガイドライン

・継続的な再評価

・記録と検証



といった仕組みによって制度として運用されています。



⇒ 不確実性は、制度を否定する理由ではなく、

 制度設計を必要とする理由です。





Ⅱ.「占い」だとされるのに、なぜ延命治療だけが正当化されるのか


新城医師の論理における最大の矛盾は、ここにあります。

彼は次のように述べています。


・終末期と判断するのは危険である

・それは医師側の価値判断によるもの

・命の線引きになる


という点です。

しかし現実には、日本では、



・人工呼吸器の装着

・胃瘻や経管栄養

・透析や昇圧剤などを用いた集中治療



といった強力な「生存延長の判断」が、

同じ不確実な予測のもとで日常的に行われています。


ここで問われるべきは、次の点です。

なぜ「死に近い判断」は価値判断とされ、



「生を無期限に延ばす判断(延命治療)」は

 価値判断と見なされないのでしょうか。



これは論理的に成立しません。



⇒ 延命治療こそが、「この命は延ばす価値がある」という

価値判断にほかなりません。




4.反論 ② なぜ延命治療だけが正当化されるのか

日本の終末期医療の構造的偏り



新城医師は、


「今行っている治療が延命か過剰かは、

事後的にしか分からない」


という主張を展開しています。


しかし、この指摘は尊厳死を否定する根拠にはなりません。

なぜなら、

延命治療も、

抗がん治療の中止も、

透析や昇圧剤などを用いた集中治療も、



すべて事後的にしか

評価できない医療行為



だからです。それにもかかわらず、日本では、



「やめる判断」だけが極端に忌避され、

「続ける判断」は無批判に正当化されています。



⇒ これは医学的に合理的だから起きているのではなく、

 「やめることを避け、続けることを選びがち」という

 日本の医療文化や制度の偏りによって生じている問題です。




5.反論 ③「医師による殺人」論の問題点|

 尊厳死と自己決定のすり替え



新城医師は、尊厳死法案が



医師による

命の選別・慈悲殺・殺人

に近い状況



を生むと強く警告しています。


テキストの画像。文中の一部が赤い下線で強調されています。真剣な内容を示唆しています。背景は白です。緩和ケア、新城 拓也の投稿文


しかし、尊厳死制度が問題にしているのは、「誰を殺すか」ではありません。

問題にしているのは、回復不能な状況にある患者が、自らの治療方針について

どこまで意思を反映できるのか、という点です。


治療の差し控えや中止をすべて「殺人」とみなすなら、現在の医療現場で日常的に行われている判断の多くも、同様に否定されなければなりません。

ここには、



議論の前提をすり替えることで、

制度的議論を封じてしまう構造



があります。




6.反論 ④「尊厳は生に宿る」という理念が覆い隠す制度不在の現実


テキストが表示され、重要な部分に赤い下線が引かれています。内容は命の価値や尊厳についての考察です。緩和ケア、新城 拓也の投稿文


新城医師は、

「尊厳は死の瞬間にあるのではなく、

 生きている過程そのものにある」

と述べています。


しかしながら「尊厳は生に宿る」という言葉は、

制度が整っていない日本の終末期医療の現実を、


きれいな理念で

覆い隠してしまっています。


この言葉自体に異論はありません。

しかし、その言葉が


現実の制度不在を正当化する

免罪符として用いられるとき、


問題は深刻になります。制度がない現場では、



・患者の意思は曖昧なままにされ


・家族が代理決断を迫られ


・医師は責任を個人で抱え込む



という構造が生まれます。

美しい理念だけでは、現実の苦痛や葛藤は解消されません。


尊厳死の制度化に関するイラスト。患者や家族、医師が苦悩する様子が描かれ、山道と明るい未来へ続く道が背景に描写されている。



7.まとめ|尊厳死法制化を拒み続けた結果、日本で起きていること


新城医師の反対論は、結果として、日本の終末期医療における

制度停滞を正当化する言説の一部として機能してきました。


それは医師の善意と献身を前提に、制度化を拒否する思想でした。

しかしその結果、



・患者の自己決定権は制度的に守られず、


・家族は代理決断の重荷を背負い、


・医師は責任回避に追い込まれ、


・世界では虐待とされる延命医療が温存されてきました。



尊厳死や安楽死は、命を切り捨てる制度ではありません。

意味のない苦痛を、これ以上、強制しないための制度です。



制度を持たないことが中立である時代は、

すでに終わっています。






「緩和ケアか自己責任の自殺か」という危険な二択

新城拓也のツイートとそれに対する返信。緩和ケアや安楽死について議論している。スクリーンショットには文字が表示されている。

安楽死をするのなら、緩和ケアを受けてほしい。

もっと言うなら緩和ケアを受けても

やはり自死を望むならそれはもう仕方がない。




「緩和ケアを受けてもなお自死を望むなら、

 それはもう仕方がない」



この一文が、どれほど危うい含意を持つか、 国民はもっと自覚すべきではないでしょうか。 この言葉によって一気に宙づりにされるのは、



・緩和ケアが実際には効かない苦痛の存在

・それでもなお生き続けることを当然視される義務

・その限界に直面したときの医療の責任の所在 です。



問題は、緩和ケアが万能ではないことを認めながら、

その「先」にあるべきものが、何一つ示されていない点にあります。


本来問われるべきは、



・耐え続けることを拒否する権利はあるのか


・緩和ケアが限界に達したとき、

 制度としての別の選択肢は用意されているのか



という問いのはずです。

しかし、それが語られないまま 「それでも自死を望むなら仕方がない」 と切り取られた瞬間、論理は



「あとは本人の自己責任」

「医療はそこから手を引く」



という地点に落ちてしまいます。 意図がどうであれ、帰結として



“見捨て・切り捨て”



が生じる構造になってます。

これは、終末期医療や緩和ケアの倫理として、決して軽く扱ってよい問題ではありません。



👉 安楽死と自殺の違い・関係を整理したい方は、こちらをご覧ください↓




「緩和ケアか、自己責任の自殺か」

その二択しか提示しない言説



は、人道的に見て、やはり問題視せざるを得ません。

残念ながら、現在の緩和ケア業界の体質は、こういう考えの元に動いています。


この投稿文と新城医師の証言は、緩和ケア業界の正体と素顔が如実に表れています。

国民の多くが『緩和ケア業界の本性』を知らなくてはいけません。




👉 他の医師の立場はこちら


👉 廣橋猛医師はなぜ安楽死に反対するのか|発言・緩和ケア・安楽死を医学的に検証


👉 安楽死 反対 医師|勝俣 範之|発言の検証と緩和ケアの限界




終末期診断の不確実性

患者

↓

医学的評価

↓

予後予測

↓

┌──────────────┐

│ 不確実性が存在する │

└──────────────┘

↓

複数医師による評価

↓

再評価

↓

意思能力確認

↓

第三者審査

↓

制度上の判断



安楽死・尊厳死・緩和ケアの違い

項目

安楽死

尊厳死

緩和ケア

主目的

死を早めること

過剰な延命を避ける

苦痛を軽減する

生命短縮の意図

制度による

通常ない

ない

本人の意思

重要

重要

重要

日本の法制度

明確な制度なし

用語の意味に幅

医療として実施

主要論点

自己決定・安全性

治療差し控え・中止

苦痛緩和



反対論→医学研究→制度設計

新城氏の主張

「終末期は完全には診断できない」

↓

医学研究

「医師の予後予測には不確実性がある」

↓

ここまでは研究と整合

↓

しかし

↓

「だから制度化できない」

↓

これは別の政策判断

↓

複数評価・再評価・第三者審査など

安全策の設計可能性を検討




FAQ(よくある質問)|終末期診断と尊厳死・安楽死


Q1.終末期は本当に正確に診断できないのですか?

A.終末期の状態や予後について医学的な評価を行うことはできますが、個々の患者がいつ亡くなるかを完全に正確に予測することは困難です。日本の多施設研究でも、医師による生存期間予測には一定の不確実性が確認されています。


Q2.予後予測が不確実なら、安楽死制度は成り立たないのですか?

A.必ずしもそうとは限りません。

予後予測に不確実性があることと、制度として一定の適格性基準を設定できないことは別の問題です。仮に制度化を検討するのであれば、複数の医師による評価、意思能力の確認、一定期間を置いた再確認、第三者による審査、記録・報告などをどのように組み合わせるかが重要になります。


Q3.安楽死と尊厳死は同じものですか?

A.同じものではありません。

一般に、安楽死は本人の意思に基づき、医療者が生命を終わらせる行為を指す場合があります。一方、日本で「尊厳死」という言葉は、延命治療の差し控え・中止など、死を直接引き起こすことを目的としない終末期医療上の選択を指して使用されることがあります。

ただし、「尊厳死」という言葉には複数の用法があるため、議論では具体的な医療行為を明確にする必要があります。


Q4.この議論は緩和ケアを否定するものですか?

A.いいえ。

緩和ケアは終末期医療において重要な役割を担っています。本記事が検討しているのは、緩和ケアの必要性ではなく、十分な緩和ケアを提供した後にもなお本人が死を早める選択を求める場合、その意思を制度上どのように扱うべきかという問題です。


Q5.緩和ケアを受ければ、安楽死を希望する人はいなくなるのですか?

A.そのように一概には言えません。

緩和ケアは身体的・心理的・社会的な苦痛の軽減を目的としますが、患者が死を望む理由は身体的苦痛だけとは限りません。自己決定、喪失、将来への不安、依存、社会的環境など、複数の要因が関係する場合があります。

そのため、緩和ケアの充実と安楽死・医師幇助死の制度論は、必ずしも二者択一として扱う必要はありません。


Q6.安楽死に反対・慎重な研究は存在しますか?

A.はい。

制度化に慎重な研究では、意思決定能力、脆弱性、社会的・経済的圧力、障害者や高齢者への影響、医療者の倫理的負担、制度の監督体制などが論点となっています。

一方、これらの懸念に対して、制度上の安全策によって対応できる可能性を論じる研究もあります。

したがって、本記事では賛成側・慎重側の双方の研究を確認しながら論点を整理しています。


Q7.新城拓也氏の「終末期は診断できない」という主張は、医学的研究と一致していますか?

A.「予後予測には不確実性がある」という点では、関連する医学研究と整合する部分があります。

一方、「予後予測が不確実である」ことから「終末期を制度上定義することはできない」と直ちに結論づけられるかについては、医学的事実だけでなく、法制度・倫理・制度設計の問題が関係します。

そのため、本記事ではこの二つの命題を区別して検討しています。


Q8.日本では安楽死は合法ですか?

A.日本には、積極的安楽死を一般的に認める法律上の制度はありません。

厚生労働省の「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」も、生命を短縮させる意図をもつ積極的安楽死を対象としていません。


Q9.安楽死は自殺と同じですか?

A.同じものとして扱うことはできません。

自殺と、医療者が関与する安楽死・医師幇助死では、行為主体、医療者の関与、適格性要件、意思確認、法的手続などが異なります。

ただし、両者の関係をどのように考えるかは、制度設計上の重要な論点です。


Q10.制度化すれば安全性が保証されるのですか?

A.制度化しただけで安全性が自動的に保証されるわけではありません。

むしろ重要なのは、適格性の判断、意思能力の確認、外部評価、強制や圧力の確認、医療者の良心的拒否、第三者審査、実施件数の公表、事後検証などをどのように制度に組み込むかです。

この点については、安楽死・医師幇助死をめぐる海外研究でも継続的な議論があります。




嘆願書送付アクション


本サイトでは、各国制度、安全性・濫用防止、緩和ケア、身体疾患による苦痛と自殺などについて、国会提出用の補足資料も公開しています。



書類 一覧


・嘆願書 本文『人道的終末選択の法制化に関する提言書』

・補足資料① 日本における安楽死制度の法的現状と制度的空白

・補足資料② 各国制度比較と日本への制度モデル

・補足資料③ 制度設計・安全性確保・濫用防止策

・補足資料④ 緩和ケアの限界と終末期医療の課題

・補足資料⑤ 身体疾患・身体障害による苦痛と自殺の実態

・カバーレター:ご挨拶(1ページ)

・要約文(2ページ)







参考文献・主要資料


本ページでは、終末期の予後予測、安楽死・医師幇助死と緩和ケアの関係、制度化に伴う安全性・脆弱性をめぐる議論について、査読付き学術論文、PubMed収載論文、公的機関の資料等を参照しています。


安楽死・医師幇助死の制度化をめぐっては、賛成・慎重双方の立場から研究・論考が存在するため、特定の立場の資料だけに依拠しないよう、異なる見解を示す資料も併記しています。


1.予後予測・終末期診断

・Amano K, Maeda I, Shimoyama S, Shinjo T, et al.

“The Accuracy of Physicians' Clinical Predictions of Survival in Patients With Advanced Cancer.”

Journal of Pain and Symptom Management. 2015;50(2):139–146.e1.

DOI: 10.1016/j.jpainsymman.2015.03.004PMID: 25847848

日本の58施設、2,036人を対象とした多施設前向き研究です。医師による臨床的な生存期間予測(Clinical Prediction of Survival)と実際の生存期間を比較し、予測には一定の不確実性があることを示しています。

全体では、医師による予測が実際の生存期間の0.67~1.33倍の範囲に入った割合は35%でした。また、実際の生存期間が医師の予測より短かった患者は45%で、医師が生存期間を過大評価する傾向が確認されました。

本ページで扱う「終末期の予後を医学的にどの程度正確に予測できるのか」という論点に直接関係する重要な研究です。


・Glare P, Virik K, Jones M, Hudson M, Eychmuller S, Simes J, Christakis N.

“A systematic review of physicians' survival predictions in terminally ill cancer patients.”

BMJ. 2003;327(7408):195–198.

DOI: 10.1136/bmj.327.7408.195PMID: 12881260

終末期がん患者に対する医師の生存期間予測について系統的レビューを行った代表的研究です。

17件の研究を確認し、そのうち12件をレビュー対象とし、1,563件の予測と実際の生存期間の組み合わせを分析しています。医師の予測には一定の識別能力がある一方、実際の生存期間を過大評価する傾向が確認されており、予後予測には不確実性があることを示しています。


・Cheon S, Agarwal A, Popovic M, Milakovic M, Lam M, Fu W, DiGiovanni J, Lam H, Lechner B, Pulenzas N, Chow R, Chow E.

“The accuracy of clinicians' predictions of survival in advanced cancer: a review.”

Annals of Palliative Medicine. 2016;5(1):22–29.

DOI: 10.3978/j.issn.2224-5820.2015.08.04PMID: 26841812

進行がん患者に対する臨床医の生存期間予測について、15件の研究をレビューした論文です。

臨床医による予後予測はしばしば不正確であり、特に実際より長く生存すると予測する「過大評価」が確認されることを整理しています。終末期の予後予測を制度上の判断に利用する際、その不確実性を考慮する必要があることを検討するうえで参考となる研究です。



2.安楽死・医師幇助死と緩和ケア

Radbruch L, Leget C, Bahr P, Müller-Busch C, Ellershaw J, de Conno F, Vanden Berghe P.

“Euthanasia and physician-assisted suicide: A white paper from the European Association for Palliative Care.”

Palliative Medicine. 2016;30(2):104–116.

DOI: 10.1177/0269216315616524PMID: 26586603

欧州緩和ケア協会(European Association for Palliative Care:EAPC)のボードメンバーによるポジションペーパーです。

安楽死・医師幇助自殺と緩和ケアの関係、終末期における苦痛、医療者の倫理的立場などについて包括的に論じています。

安楽死制度をめぐる議論において、緩和ケアの立場から示されている慎重な議論を確認するための重要な資料です。



3.制度化に伴う脆弱性・安全性をめぐる議論

・Downar J, MacDonald S, Buchman S.

“Medical Assistance in Dying, Palliative Care, Safety, and Structural Vulnerability.”

Journal of Palliative Medicine. 2023;26(9):1175–1179.

DOI: 10.1089/jpm.2023.0210PMID: 37404196

カナダのMedical Assistance in Dying(MAiD)をめぐり、緩和ケア、安全性、社会的・構造的脆弱性について論じた論考です。

制度運用上の問題を示す報告をどのように評価するか、また、MAiDの監督制度と安全性をどのように考えるべきかという点を論じており、制度化に伴うリスクを検討する際の資料となります。


・Gallagher R, Coelho R, Violette PD, Gaind KS, Chochinov HM.

“Response to Medical Assistance in Dying, Palliative Care, Safety, and Structural Vulnerability.”

Journal of Palliative Medicine. 2023;26(12):1610–1617.

DOI: 10.1089/jpm.2023.0581PMID: 37955548

上記Downarらの論考に対する反論として発表された論文です。

著者らは、MAiDと緩和ケア、安全性、構造的脆弱性をめぐるDownarらの主張に異議を唱えています。PubMedでは、170人を超える研究者・臨床家等が署名した反論として記録されています。

同じテーマについて異なる評価が示されていることを確認できるため、MAiDの安全性をめぐる議論を一面的に扱わないための資料として掲載しています。



4.日本の終末期医療

厚生労働省

「人生の最終段階における医療・ケアの決定プロセスに関するガイドライン」

ガイドライン全文(PDF): https://www.mhlw.go.jp/content/10802000/001481865.pdf

厚生労働省は、人生の最終段階における医療・ケアについて、本人による意思決定を基本とし、医療・ケアチームとの十分な話し合いを行うことを重要な原則として示しています。

また、医学的妥当性・適切性を踏まえた医療・ケアの判断、疼痛や不快な症状の緩和、精神的・社会的援助を含む総合的な医療・ケアを重視しています。

一方、生命を短縮させる意図をもつ積極的安楽死については、同ガイドラインの対象外と明記されています。

したがって、本資料は「現在の日本の終末期医療に関する公的な基本的枠組み」を確認する一次資料として参照しています。



5.国際的な緩和ケアの位置づけ

World Health Organization(WHO)

“Palliative care”

WHOは、緩和ケアを、生命を脅かす疾患に直面する患者と家族の生活の質を改善し、身体的・心理的・社会的・スピリチュアルな苦痛を予防・緩和するためのアプローチとして位置づけています。

WHOはまた、緩和ケアを人中心の統合された医療・保健サービスの重要な構成要素としています。

本ページでは、安楽死制度の議論と緩和ケアの議論を混同しないため、WHOによる緩和ケアの基本的な定義・位置づけを確認する資料として参照しています。



参考資料の読み方について

本ページでは、安楽死・医師幇助死の制度化を支持する資料だけでなく、制度化に慎重な立場からの研究・論考についても確認しています。

特に、以下のような論点については見解が分かれています。


  • 終末期・予後を医学的にどの程度正確に判断できるのか

  • 予後予測の不確実性を制度設計にどのように反映すべきか

  • 緩和ケアと安楽死・医師幇助死をどのような関係として捉えるべきか

  • 意思決定能力をどのように確認するか

  • 高齢者、障害者、社会的・経済的に脆弱な立場にある人への影響をどのように評価するか

  • 制度上の監督・審査・記録・事後検証をどのように設計するか


したがって、本ページの主張は、個々の論文や公的資料そのものの結論と同一ではありません。

各資料で示されている事実・研究結果・見解と、RiP:Dとしての制度論上の評価を区別して記載しています。




調査方法・情報源について


本記事は、尊厳死・安楽死・終末期医療をめぐる議論について、公開されている一次資料、行政資料、学術論文等を確認したうえで作成しています。

特定の医師や医療者個人を評価することを目的とするものではなく、公開された発言・文書と、それらに関連する医学的・法的・倫理的論点を整理することを目的としています。

主な情報源として、以下を参照しています。


  • 厚生労働省等の公的資料

  • 国会における法案・請願等の公開資料

  • 裁判所の判例・裁判資料

  • WHO等の国際機関資料

  • 各国政府・制度運営機関の公表資料

  • PubMedに収載された査読付き学術論文

  • 医学・生命倫理・緩和ケア領域の学術的レビュー

  • 当事者・医療者等が公開した原資料


医学的な研究については、単一の論文だけで結論を導くのではなく、可能な限りレビュー論文、系統的レビュー、複数の研究結果を確認しています。

また、安楽死・医師幇助死の制度化を支持する研究だけでなく、脆弱性、意思決定能力、強制、制度の安全性、医療者の倫理的負担等を理由として慎重な立場を示す研究も確認しています。


なお、本記事は医学的・法律的助言を提供するものではなく、公開情報に基づいて終末期医療と制度設計を考えるための資料です。

最終更新日:2026年9月20日

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