私達について 安楽死の必要性
- リップディー(RiP:D)

- 9月17日
- 読了時間: 4分
更新日:3 日前
【私達について 安楽死の必要性】
私がなぜ『尊厳死の法制化』を願うのか?
私がなぜ『安楽死制度』を望むのか?
以下がその理由です…財源や人材不足など
ほとんど重視していません
今 この世に誕生した赤ちゃんに
『おめでとう』と笑顔で声をかけるように
今この世を去ろうとしている人々にも
『お疲れさまでした』と笑顔で声をかけられるような
そんな世界を望んでいるだけです
ただ それだけです
初めまして。
Rest in Peace with Dignity(RiP:D)リップディーと申します。
2025年9月28日より正式に開設しました。
今、世界は大きく変わり始めています。
オランダ、ベルギー、カナダ、オーストラリア…直近ではイギリス、フランス、ウルグアイ。
多くの国々で安楽死を合法化する流れが、静かに、しかし確実に広がっています。
(※参考 → 安楽死『世界地図』)
世論調査では、どの国でも少なくとも7割以上の人々が安楽死を支持しています。それは決して「死」を願う声ではなく、
“生き方と最期を、自分の意志で選びたい”という人間の深い願い
の表れです。私たちは、この世界的な潮流をただ眺めるのではなく、日本の社会の中で真剣に向き合い、語り、そして何らか形を生み出したいという想いで当会を立ち上げました。
誰か一人の思想に従うのではなく、誰もが安心して「生と死」を語れる場をつくること。
それが、私たちの考えです。私たちの方針は、以下の3つです。
苦しみのない最期を選べる社会をめざすこと
尊厳をもって生きる権利を守ること
安楽死をめぐる誤解や偏見をなくし、正しい理解を広めること
安楽死を選択をされた一人の女性の言葉をここに残して置いておきます。
ALS患者嘱託殺人の女性『林優里』さんの書き残した文章は私たちの心に深く刻まれています。

(英語訳)
Euthanasia That Saves Lives
From the blog of Ms. Yuri Hayashi,
a woman involved in the ALS assisted death case
The other day, I wrote about “suicide,” but if euthanasia were permitted, there would be lives that could be saved—no, more precisely, souls that could be saved.
It’s something I’ve been thinking about ever since I was diagnosed with ALS. I’ve also read similar thoughts on the blogs of other patients, and I suppose this is a common understanding when discussing “euthanasia”:“There would be no need to rush into suicide.”
Moreover, if one can think, “When things become truly unbearable, I can find peace,” then one can be freed from the daily fear of what lies ahead—the “terror” waiting in the future—and focus instead on living today, on doing one’s best in this very moment.
It is “euthanasia” for the sake of living.
Undoubtedly, it would improve patients’ quality of life—at least in the spiritual sense.
※音声吹き替え
“むふむふチャンネル”様の提供
安楽死は、林優里さんにとって
“お守り”
のような存在でした。それは、絶望の中に差し込む小さな光であり、彼女が「生きよう」と思える力の源でもありました。そして彼女は、最期まで、その穏やかな手段を望んでいました。
彼女が残してくれた文章が、私たちの灯(あかり)となっています。
私達は、彼女を『笑顔で送り出す』ことは出来なかったのでしょうか?
今まさに『耐えがたい苦痛』と『壮絶な不快感』で人生を送っている方々は
パターナリズムに裏付けられた沽券
果てしない利権欲
盲目的な信仰・思想の堅持
これらの事実により苦悩を強いられています。
それに服従して生き続けなければならないのでしょう?
苦痛の中で亡くなっていくのは崇高なことですか?
親しい人がなくなって涙を流すのは社会的義務ですか?
(『死は常に哀しい事でなければならない』…それは絶対的なルールですか?)
そうではないと思います。
私たちは、人は『誰もが平穏で安らかに人生を卒業する権利』を持っていると考えます。
笑顔で「お疲れさまでした」と声をかけ、こちらも“笑顔”を眺めながら見送ることが“安らぎのある死”であり『善き死(Good Death)』だと考えます。
もし、現在、何かしらの疾患を抱えて深い苦悩を抱えている方々。
どうか、リップディーに、その声を届けてください。
小さな囁き声が集まれば、それはやがて大きな叫び声に変わります。
そして皆さんでの『安楽死の合法化』に挑んでみませんか?
安楽死の合法化を願う人々の集合体
リップディー(RiP:D)より
