安楽死 反対 医師|廣橋(ひろはし)猛|日本緩和医療学会 理事の発言と緩和ケアの限界
- リップディー(RiP:D)

- 2025年12月31日
- 読了時間: 10分
更新日:4月2日
※最終更新日:2026年4月2日(随時更新)
日本の緩和ケア医療の第一線に立つ医師の中には、安楽死に明確に反対する立場を取る人がいます。本記事では、その代表的な一人である『廣橋猛』医師の発言をもとに、安楽死反対論の核心を読み解きます。
終末期医療において、患者の苦痛を和らげるための中心的な役割を担うのが緩和ケアです。特に専門医の間では、
「適切な緩和ケアが提供されれば、
患者は安楽死を選ぶ必要はない」
という考え方が一定の支持を得ています。
この立場は、医療倫理や医師の役割に関する重要な議論とも深く結びついています。
一方で、現実の医療現場では、
すべての苦痛を完全に取り除くことができない
ケースが存在することも指摘
されています。身体的苦痛だけでなく、精神的・存在的苦悩など、緩和ケアでは十分に対応しきれない問題に直面する患者もいます。
本記事では、廣橋猛医師の具体的な発言や主張を整理し、その背景にある価値観や論理を明らかにします。
そのうえで、緩和ケアを重視する立場からの安楽死反対論がどのように構築されているのか、そしてそれが現実の医療とどのように関係しているのかを、多角的に検討していきます。
👉 安楽死の基本はこちら
🎧音声による動画解説
要約図(自由使用可)


基本プロフィール|廣橋猛(日本緩和医療学会 理事)
名前:廣橋 猛(ひろはし たけし)
現職:永寿総合病院 がん診療支援・緩和ケアセンター長
出身・学歴
1977年生まれ
東海大学医学部 卒業(2005年)
専門分野
緩和ケア
終末期医療
在宅医療、また呼吸器内科・アンチエイジングなどの領域も含む経歴あり
坂本龍一さん死去と「もう、逝かせてくれ」という言葉

2023年4月、坂本龍一さん死去
「つらい。もう、逝かせてくれ」
家族、医師に漏らす…凄絶がん闘病
廣橋猛氏のX投稿全文|安楽死必要論への反応

坂本龍一さん死去「つらい。もう、逝かせてくれ」
「安楽死が必要」
この記事のコメント欄は安楽死必要論で溢れかえっている。
しかし実際は適切な緩和ケア、特に鎮静という手段を知ることで、人生最期の苦しみについては解決されることが多い。
もちろん早期から緩和ケアを受けることの大切さは言うまでもなく、それはがん治療中から並行して受けるべき。
ただ、そのような理想論はさておき、コメントなどのリアクションから推察するに、国民の多くは人生の最期に苦しまずに死ねるかどうかに関心を持っている。
周囲でいくら理想論を訴えても、人生の最期は患者、家族、そして医療者だけのブラックボックス。こんなはずではなかったことのオンパレード。
より一般市民の希望に沿うためには、苦しくない最期を迎えるための手法に特化した緩和ケアの追求が必要という考えもありだと思う。
⇩
「苦しみを減らす医療の専門家であって、苦しみを終わらせる選択には背を向ける医師」
緩和ケアで“解決されることが多い”という言葉の、あまりにも重い無責任さについて
この緩和ケア医の投稿は、坂本龍一氏の
「つらい。もう、逝かせてくれ」
という切実な言葉を起点にしながらも、結論としては
「安楽死が必要論で溢れかえっている」
「適切な緩和ケア、特に鎮静を知ることで、人生最期の苦しみは解決されることが多い」
という方向へと読者を誘導しています。
しかし、この文章の最大の問題は、「解決されることが多い」という曖昧な表現の背後に、
解決されない現実を意図的に押し込めている点
にあります。
👉 緩和ケアの仕組みはこちら
👉 実際の限界データはこちら
「解決されることが多い」──では、
解決されなかった人はどうなるのか?
緩和ケアが万能ではないことは、緩和医療の専門家であれば誰よりも熟知しているはずです。
実際、以下の事実は広く知られています。
・どんな緩和ケアの薬剤を使っても、苦痛が十分に緩和されない症例が一定割合存在する(約20~30%)
・持続的深い鎮静は
→意識の消失
→コミュニケーションの断絶
→事実上の「緩慢な死」を伴う
しかも日本では、その適用基準・説明・同意プロセスは施設ごとに大きく異なり、患者が主体的に選べる制度にはなっていません。
それにもかかわらず、「多くは解決される」と言い切る姿勢は、解決されなかった人々の苦しみを、統計の外に追いやる言説にほかならなりません。
👉 実際の患者の声はこちら
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「安楽死必要論で溢れかえっている」という表現が示す立場
コメント欄に溢れているのは、軽薄な安楽死賛美ではありません。
それは、
・「あれほど苦しむなら、最期くらい自分で選ばせてほしい」
・「鎮静されて意識を失うのではなく、納得して終わりたかったのではないか」
という、市民の極めて素朴で切実な問いであり願いです。
それを「安楽死必要論で溢れかえっている」と一括りにすることは、当事者でもなければ、家族でもなかった立場からの上から目線の短絡的なラベリングに見えてしまいます。
👉 なぜ必要とされているのかはこちら
「理想論はさておき」と言いながら、最後まで理想論の中に留まる矛盾。
この医師はこう述べています。
「ただ、そのような理想論はさておき」
しかし、実際にはその後も、
・緩和ケアを早期から受ければよい
・鎮静という手段がある
・苦しくない最期を迎えるための“緩和ケアの追求”が必要
と、制度として患者が選べない現実を直視しないままの理想論を繰り返しています。
日本では、
・緩和ケア病棟に入れない患者が多数存在し
・在宅でも高度な鎮静が受けられるとは限らず
・苦痛が残っても「それ以上の選択肢」が制度上存在しない
この現実を知りながら、「緩和ケアを追求すべき」という言葉で締めくくるのは、
問題の先送りであり、責任の転嫁に近いです。
👉 現実の制度はこちら
「ブラックボックス」と言いながら開けられない理由
この投稿の中で、最も皮肉なのは次の一節でしょう。
「人生の最期は患者、家族、そして医療者だけのブラックボックス」
そのブラックボックスを開けるための制度的議論こそが、安楽死・尊厳死をめぐる議論であるはずです。
しかしこの医師は、
・ブラックボックスであることを認めながら
・そこに新たな選択肢を加える議論を拒み
・既存の枠組み(緩和ケア・鎮静)だけで完結させようとする
これは、箱の中にいる専門職が、
外からの問いを遮断している構図に他なりません。
👉 なぜ制度化されていないのかはこちら
結語:
坂本龍一さんの言葉は「知識不足」では片付けられない
緩和ケアで「解決されることが多い」という言葉の問題点
坂本龍一さんの
「もう、逝かせてくれ」
という言葉は、「緩和ケアを知らなかったから」出てきた言葉ではありません。
それは、緩和ケアを受けてもなお残った苦しみの末の言葉であったことを誰も否定できません。
それを前にして、
「鎮静を知れば解決されることが多い」
と語ることは、あまりにも安全圏からの発言だと言えるでしょう。
別に緩和ケアを否定する必要はありません。
しかし一方で、緩和ケアだけで全てが解決するかのような語りは、
安楽死を求める声と同じくらい、
現実を単純化し、
当事者の苦しみを切り捨て
ています。
👉 海外ではどう扱われているかはこちら
一言で言えば|安楽死に反対する日本の緩和ケア医の典型像
・「“解決されることが多い”と言いながら、
解決されなかった苦しみには沈黙する緩和ケア医」
・「ブラックボックスを認めながら、
その中に選択肢を増やす議論だけは拒む人」
・「患者の『もう逝かせてくれ』を、
専門知識で無効化しようとする緩和ケア医」
・「緩和ケアの限界を知っているはずなのに、
“多くは解決する”という言葉で覆い隠す立場」
・「苦しみを減らす医療の専門家であって、
苦しみを終わらせる選択には背を向ける人」
そう言えると考えます。
これは個人の問題ではない
日本の緩和ケア業界の総体的姿勢
上記した5つは典型的な日本の緩和ケアの発言であり、
また業界の、安楽死に対する総体的な姿勢となっています。
苦痛から苦悩へ追い込まれる20~30%の患者の訴え

緩和ケア医は絶対に否定するだろうけど
「鎮静は負け」
「鎮静なしでコントロールできた俺すごい」
的な潜在意識が少なからずあるんじゃないの?
もうこんな段階まできたら患者本人としては1秒でも長く生きたいとか意識を保ちたいとか思わないよ。
ただ楽になりたい。それだけ

結局どんな分野であれその問題に直面し今まさに困難にぶち当たっている人じゃないとまともに考えようとしないよな
考えないだけならまだしも善人面して近寄ってきて変な正義感を振りかざし
偽善にまみれたお気持ちソリューションを展開するのほんま悪質
一定数のお花畑の支持を得るのもまたタチ悪い
参照↑:
フジテレビ ザ・ノンフィクション
【私のママが決めたこと~命と向き合った家族の記録~】
(女性のXアカウントはこちら ⇒ @mahomelc)
『マユミ』さんのXアカウント名は『めいしー』です。
マユミさんが、日本で亡くなることを拒否して、わざわざスイスへ向かった理由を示した動画です。近年白日の下に晒されつつある緩和ケアの実態は、本来なら、日本の多くの国民が知っておかなければいけない事実だと考えます。
事実を隠蔽して誤魔化しに心を委ね続ける日本の緩和ケア業界は、残念ながら脆弱惨憺たるものであり、マユミさんが幻滅して呆れ果てスイスへ向かったのは
最良の選択
だった言わざるを得ない状況です。
👉 詳細なデータはこちら
👉 なぜ制度が必要かはこちら
FAQ
Q. 廣橋猛医師はなぜ安楽死に反対しているのですか?
A. 廣橋医師は、適切な緩和ケアによって多くの苦痛は軽減できるという立場から、安楽死は不要であると主張しています。また、医師の役割は患者の命を支えることであり、終わらせることではないという倫理観も背景にあります。
Q. 緩和ケアがあれば安楽死は必要ないのでしょうか?
A. 緩和ケアは重要な医療ですが、すべての苦痛を完全に取り除けるわけではないと指摘されています。そのため、安楽死の必要性については賛否が分かれています。
Q. 緩和ケアにはどのような限界がありますか?
A. 難治性の痛みや呼吸困難、強い不安や存在的苦悩などは、現在の医療でも十分にコントロールできない場合があります。
Q. 医師の間で安楽死に対する意見は統一されていますか?
A. いいえ。安楽死に反対する医師もいれば、患者の自己決定を重視し制度化を支持する医師もおり、意見は分かれています。
Q. 安楽死と自殺は同じものですか?
A. いいえ。安楽死は医師の関与のもとで行われる医療的な文脈で議論されるのに対し、自殺は個人が単独で命を絶つ行為であり、性質が異なります。
※👉安楽死と自殺の違いについては、こちらを参照
Q. なぜこのような議論が続いているのですか?
A. 命の尊厳、医療倫理、自己決定権といった重要な価値が関わるため、社会的に合意形成が難しいテーマだからです。
👉「安楽死を反対する緩和ケア 一覧」は、こちらからご覧ください↓
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