イギリス安楽死法案2026|申請・審査・保護措置をわかりやすく解説

更新日:9月11日
最終更新日:2026年9月11日(随時更新)
※更新履歴:2026–27年法案に基づき審査パネル・熟慮期間等を更新|関連学術文献を追加
👉 安楽死の基本的な仕組みや全体像を知りたい方は、こちらの記事をご覧ください↓
👉 安楽死の定義と分類(積極的・消極的・間接的)の違いは、こちらで整理しています↓
※追加情報(2026年9月11日)
本稿は2026–27年会期に再提出された「Terminally Ill Adults (End of Life) Bill」を基準に更新しています。2024–26年会期の旧法案は成立せず、会期終了により廃案となっています。
👉イギリス 安楽死法案はなぜ廃案に?上院フィリバスターと宗教の影響を解説
安楽死制度の中でも、最も厳格で特異なモデルが存在します。
それが、イギリスの安楽死法案です。
多くの国が医師の判断を中心に制度を設計する中で、イギリスは「司法」という全く異なるアプローチを採用しています。
誰が死を判断するのか——その答えを「医療」ではなく「法」に委ねた制度です。
イギリスの安楽死制度は、「死の決定を医師ではなく国家が管理する」という極めて特殊なモデルです。
👉 世界の安楽死制度の全体像については「世界の安楽死制度」を先にご覧ください。
🎧音声による動画解説
要約図(自由使用可)

イギリス 安楽死法案:
申請から手続き・保護措置まで全プロセス解説
本稿では、イギリスにおける、現在審議中の安楽死法を対象として、
・「安楽死の申請から終了に至るまでの具体的プロセス」
・「患者に不利益をもたらさないために設けられた保護措置(セーフティガード)」
――以上の二点に注目しながら解説いたします。
イギリス安楽死法案とは

👉イギリス国会ホームページ:安楽死法案に関するサイト↓
👉※実際の『安楽死法案』PDFはこちらより↓
イギリス安楽死法案の正式名称
Terminally Ill Adults (End of Life) Bill
※日本語訳:『末期成人(終末期)法案』
【適用の条件】
イギリス安楽死法の適用対象と要件|誰が申請できるのか
1.末期疾患の成人(18歳以上)で、回復不能な進行性の疾患があり、その疾患により6ヶ月以内に死亡すると予測される場合。
※神経変性疾患の場合は『12ヶ月以内に死亡すると予測』される場合も含まれるという『案』がありましたが、
現在の審議段階では『全ての疾患において6か月以内』とされています。アメリカ同様、厳しい余命要件となってます。
※神経変性疾患:ALS、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、多系統萎縮症、多発性硬化症、ハンチントン病…etc.
2.自身の生命を終わらせる決定をする能力があること。
(※精神的に安定していて判断能力があること)
3.申請時にイングランドまたはウェールズに12ヶ月以上通常居住しており、イングランドまたはウェールズの一般医療機関に患者として登録されていること。
4.明確で、確固たる、十分な情報を得た上で自身の生命を終わらせる意思があること。
5.強制や圧力がない、自発的な決定であること。
備考
※『非末期の疾患』や『精神疾患』は、対象外
どんなに『壮絶な苦痛』を抱えていても、耐え難い『不快感』を持っていても
『寿命がまだまだ残っている』なら、安楽死の対象に該当しません。
たとえば重度の繊維筋痛症で、四六時中、全身に電気ショックのような痛みがあっても
『寿命がまだ先』なのであれば安楽死は非対象となります。
精神疾患も、同様に非末期疾患に区分されます。
※一方で、スイス、オランダ、ベルギー、ドイツ、カナダ、スペイン、南米は『非末期も対象範囲』です。フランスの法案も然り。
【安楽死 審査プロセス】
【申請段階】
主治医による医学的評価|耐え難い苦痛と代替手段の検討
(患者の意思を初めて明確にする段階)
・予備的な話し合い:
登録された医療従事者は、自発的な『Assisted Dying(アシステッド・ダイイング:日本で言う、いわゆる“安楽死”)』について患者に話題を提起する義務はありませんが、適切と判断すれば話し合うことができます。
話し合いの書面記録は、できるだけ早く登録医療従事者に提出され、医療記録に含められます。
・最初の意思表明(First Declaration):
安楽死を希望する患者は「最初の意思表明」を行います。これは、定められた形式で、患者自身が署名し日付を記入し、コーディネーター医師(最初の医師)および、もう一人の証人の両方が署名を目撃する必要があります。
意思表明には、適格性の初期条件(18歳以上、居住要件、GP登録)、予備的な話し合いをしたことの確認、評価を受けることへの同意、強制がないこと、およびいつでも意思表明をキャンセルできることの理解が含まれます。
患者は本人確認のため、コーディネーター医師と証人に2種類の身分証明書を提示する必要があります。
👉 各国に共通する申請から実施までの流れについては、こちらで整理しています↓
【評価段階】
独立医師によるセカンドオピニオン制度|
二重確認の仕組み
1.最初の医師による評価(コーディネーター医師)
コーディネーター医師(患者の親族でなく、患者の末期疾患治療に関わっていない者)は、末期疾患、意思決定能力、自発的な意思の有無を評価します。
意思決定能力に疑問がある場合、または患者の疾患に関する専門知識が不足している場合は、専門医(精神科医または該当疾患の専門家)に照会する必要があります。
2.2人目の医師による評価(独立した医師)
コーディネーター医師は、患者を独立した医師に紹介します。独立した医師は、コーディネーター医師が報告書を作成した日から7日間の熟慮期間が終了した後、できるだけ早く2回目の評価を実施します。
独立した医師は、患者の末期疾患の治療やケアを提供したことがなく、親族でもなく、コーディネーター医師と同じ診療所や臨床チームのパートナーや同僚ではない者でなければなりません。
評価後、独立した医師は報告書を作成し、患者、コーディネーター医師、およびGP診療所にコピーを提供します。
※追記(2026年9月11日)
2026年法案では、少なくとも現在の法案本文では、第2評価後に「7日間」という形ではなく、
適格証明書後の第2熟慮期間として14日間、または一定の場合48時間という構造になっています。
👉 誰が最終的に承認するのか(医師判断型・第三者審査型)については、こちらで詳しく解説しています
※補足:英国は
医師2名
精神科医
法律・福祉専門家
など多層承認。つまり強い第三者審査型に近い
【協議段階】
安楽死実施判断までの協議プロセス|多段階審査の実際
(外部の機関による再評価)
・安楽死審査パネル
両方の医師が患者が適格であると判断した場合、ケースは安楽死審査パネルに照会されます。
パネルは提出された文書を確認し、コーディネーター医師および独立した医師から聴取し、原則として患者からも聴取します。パネルは、患者が適格であると判断した場合、適格証明書を発行します。
・パネルの決定の再検討
パネルが適格証明書の発行を拒否した場合、患者は法的な誤り、不合理性、または手続き上の不公平を理由に、コミッショナーに再検討を申請できます。コミッショナーが申請を認めれば、別のパネルに再審査を付託します。
※パネルとは…
安楽死審査委員会のことで、二人の医師から独立した機関
高等裁判所の裁判官 or 元上級裁判官が議長を務め、弁護士、緩和ケア医、精神科医やソーシャルワーカーなど様々な専門家が参加する審査機関。
学際的な専門家によるセーフティガード機関であり、イギリス安楽死法案の“大きな目玉”で、他の合法国と異なり厳しい審査と評される点。
※追記(2026年9月11日)
新たに提出された2026年法案の構造は、
裁判所そのものが個別患者の適格性を承認する制度ではありません。
法案では、
Voluntary Assisted Dying Commissioner
が置かれ、その下で、
Assisted Dying Review Panel
が適格性を判断します。
法律メンバーには高位裁判官経験者等が含まれ得ますが、
「裁判所が患者の死を許可する」という説明は正確でなくなりました。
・法曹界
・精神医学
・ソーシャルワーク
の3分野からなる独立審査パネルが適格性を審査すると予定されています。
【実施・報告段階】
イギリスにおける安楽死の実施方法|
手続きと医療管理体制
・要求の確認(Second Declaration):
適格証明書が発行され、かつ14日間の熟慮期間が終了した後(コーディネーター医師が死亡が差し迫っていると合理的に判断した場合は短縮可能)、患者は安楽死を希望する旨の「2回目の意思表明」を行います。
この意思表明は自発的で、強制がなく、キャンセルされていないことを確認するものです。
コーディネーター医師は、意思表明の際に患者が末期疾患であり、意思決定能力があり、明確で確固たる意思があり、自発的であることを確認し、その旨を宣言する声明を作成します。
・意思表明の取り消し:
患者は、最初の意思表明または2回目の意思表明をいつでも、口頭または書面でコーディネーター医師またはGP診療所の医療従事者に通知することにより取り消すことができます。取り消しは医療記録に記録されます。
・安楽死の提供:
適格証明書の発行、2回目の熟慮期間の終了、2回目の意思表明の提出と未キャンセル、およびコーディネーター医師の声明が揃った場合に、安楽死が実施されます。
コーディネーター医師は、承認された物質を提供する時点で、患者に意思決定能力があり、明確で確固たる意思があり、自発的に助力を求めていることを確認する必要があります。
コーディネーター医師は、患者が自己投与できるように物質を準備し、投与を補助することができますが、最終的な自己投与の行為は患者自身が行わなければなりません(※医師の注射などはNG)。
コーディネーター医師は、患者が物質を自己投与して死亡するまで、または処置が失敗するか、患者が自己投与しないことを決定するまで、患者と一緒にいる必要があります。
・死亡登録と報告:
安楽死により死亡した場合、コーディネーター医師は「最終声明」を作成し、コミッショナーにコピーを送付します。この情報は医療記録に記録されます。
イングランドおよびウェールズの登録総長は、毎年、安楽死による死亡の統計分析報告書を議会に提出します。死因は「Assisted Death(アシステッド・デス)」として、末期疾患とともに記録されます。
👉 実際の方法(医師投与・自己投与)の違いについては、こちらで詳しく解説しています
※補足:英国モデルは自己投与型(オレゴンに近い)
イギリス安楽死|申請手続きの全体フロー
①コーディネーター医師(安楽死に対処できる医師)に要請(第1チェック)
⇩
②独立した医師(まったく別の医師)による安楽死の要請(第2チェック)
⇩
③パネルによる審査(高等裁判官と多方面の専門家による審査)(第3チェック)
⇩
④コーディネーター医師が安楽死を実施後、行政機関に報告
※追記(2026年9月11日)
※新たに提出されてた全体フロー
① 予備的な話し合い
↓
② First Declaration
↓
③ Coordinating Doctorによる評価
↓
④ Independent Doctorによる第2評価
↓
⑤ Voluntary Assisted Dying Commissionerへ送付
↓
⑥ Assisted Dying Review Panel
法律+精神医学+ソーシャルワーク
↓
⑦ Certificate of Eligibility
↓
⑧ 14日間の熟慮期間
※一定の場合48時間
↓
⑨ Second Declaration
↓
⑩ 最終確認
↓
⑪ 医師が薬剤を提供
↓
⑫ 本人が自己投与
↓
⑬ Final Statement・記録・監視
👉 なお、このプロセスは一般的な自殺とは明確に区別される制度設計となっています。
強制リスク回避のためのセーフティガードとは|
制度的保護措置
※👉このような保護措置は、「制度が拡大しすぎるのではないか」という懸念とも深く関係。
・初回医師評価 (Coordinating Doctor):
コーディネーター医師は、特定の要件を満たし、患者の親族でなく、利益相反がない者でなければならない。
・第2医師評価 (Independent Doctor):
コーディネーター医師から独立した医師(患者の末期疾患の治療やケアに携わったことがなく、患者の親族やコーディネーター医師の同僚でない者)が行う。
・ 承認と最終確認
安楽死審査委員会 (Assisted Dying Review Panel):
初回および第2医師の評価報告書を審査し、医師および患者本人から聴取する。
患者が身体的に自己投与できない場合、権限を与えられた医療従事者による投与も可能。
これには患者の同意と、強制的な制御や経済的虐待に関するトレーニングを含む特定の訓練と資格が必要。
・法執行と免責
この法律に誠実に従って安楽死を支援または実行する者は、民事または刑事責任、専門職の懲戒処分から免責される。
不正行為、強制、または圧力によって安楽死の申請を誘発したり、申請の取り消しを妨げたりする行為は最長14年の禁固刑に処せられる。
不正行為、強制、または圧力によって安楽死物質の自己投与を誘発する行為は終身刑に処せられる。
虚偽文書の作成や文書の偽造・破棄も犯罪となる。
• 監視と見直し
自発的安楽死コミッショナー (Voluntary Assisted Dying Commissioner):
▪ 首相が任命する裁判官経験者。
▪ 法律の運用を監視し、調査を行い、年次報告書を提出する。
▪ 障害者の本法実施と影響に関する障害諮問委員会を任命する。
5年ごとの法律の見直しを行い、安楽死の実施状況、緩和ケアの利用可能性、障害者への影響などを評価する。
行動規範とガイダンスを策定し、意思決定能力の評価、精神疾患の影響、情報提供、コミュニケーション確保に関する指針を示す。
👉 制度の厳しさ(厳格型・寛容型)の違いについては、こちらで整理しています
法案の評価と国際比較
一連の要件については、やや過度な厳格さがあるのではないかと感じられます。
制度全体の流れそのものは、他の安楽死を認める国々と大きくは変わりません。
とはいえ、高等裁判官や専門家、そして関与した二名の医師に加え、患者本人を交えた審査会を設けるという点は、極めて慎重かつ重層的な構造となっており、運用面において相当の負担が想定されます。
とりわけ、「余命6か月以内」という時間的制約の中で、こうした複雑な審査プロセスを円滑に完了できるのかどうかについては、一定の懸念が残ります。
現在「世界で最も厳しい審査基準」と評されている状況も、十分に理解できるところです。
もっとも、制度の創設段階において慎重さが求められることは当然であり、初期運用において厳格な枠組みが採られること自体は妥当だと言えます。
今後、実際の運用状況や制度上の課題が明らかになれば、将来的な制度改正の議論につながる可能性があります。ただし、現時点で具体的な緩和方針が決定しているわけではありません。
👉 安楽死をめぐる倫理的な議論については、こちらで整理しています
※補足英国では、賛成約70%前後という世論も存在
私たちは、オランダ安楽死に影響を受けて制度設計とポリシーを考えています。
イギリスのそれと比較してみてアイデアを深めて頂けると嬉しいです。
※👉オランダの安楽死法の詳しい解説は↓


👉 オレゴン州の仕組みについては、こちらで詳しく解説しています↓
👉 医師投与が中心となるカナダの制度については、こちらで比較できます
【参考動画】
イギリス下院議会での審議中継
👉 安楽死と関係が深い「緩和ケアと安楽死の違い」については、こちらで整理しています↓
👉 日本の法制度や現状については、こちらで詳しく解説しています
👉 安楽死制度の全体像を理解するために、以下の記事もあわせてご覧ください。
👉 混同されやすい、安楽死と尊厳死の違いをを知りたい方は、こちら(延命治療との関係も整理)↓
👉 地図で確認する安楽死が合法の国 一覧と各国の制度↓
イギリス2026年法案 vs オランダ vs カナダ
項目 | 英国 | オランダ | カナダ |
現状 | 法案審議中 | 法制度あり | 法制度あり |
対象 | 末期疾患 | 法定要件による | 法定要件による |
余命要件 | 6か月 | 英国とは異なる | 英国とは異なる |
医師による評価 | 2段階 | 医師中心 | 医師中心 |
第三者審査 | Review Panel | 事後審査 | 事後的監督等 |
最終行為 | 本人の自己投与 | 医師による実施等 | 医師投与・自己投与 |
監視 | Commissioner等 | RTE | Health Canada等 |
日本への示唆 | 事前審査型 | 事後審査型 | 運用・監督型 |
👉 世界の安楽死制度の成立経緯を年代順で知りたい方は、こちら↓
FAQ
Q1.イギリスの「安楽死法案」は、すでに法律として成立していますか?
A. いいえ。2026年9月11日現在、英国で審議されているのは、2026–27年会期に再提出された Terminally Ill Adults (End of Life) Bill です。2024–26年会期の前法案は、貴族院で全ての立法過程を終えることができないまま会期終了となり、成立しませんでした。
Q2.この法案は「安楽死」なのですか?
A. 日本語では一般に「安楽死法案」と紹介されることがありますが、英国法案の正式な用語は Assisted Dying です。法案では、医師が薬剤を提供・準備し、最終的な自己投与は本人が行う仕組みが採用されています。医師が本人に代わって致死薬を直接投与する制度とは区別する必要があります。
Q3.誰が対象になりますか?
A. 法案では、18歳以上で、イングランドまたはウェールズに一定期間通常居住し、GPに登録され、末期疾患を有し、その疾患によって6か月以内に死亡することが合理的に予想されることなどが条件とされています。また、本人に意思決定能力があり、明確で確固たる意思を持ち、他人から強制・圧力を受けていないことも求められます。
Q4.医師が判断すれば、そのまま認められるのですか?
A. いいえ。法案では、コーディネーター医師による評価に加えて、独立した別の医師による第2の評価が行われ、その後、Assisted Dying Review Panelによる適格性審査が行われます。パネルは法曹、精神医学、ソーシャルワークの専門家によって構成されます。
Q5.なぜ第三者による審査が必要なのですか?
A. 本人の意思が本当に自由で十分な情報に基づくものなのか、意思決定能力があるのか、強制や圧力が存在しないのかなどを、複数の立場から確認するためです。一方で、このようなセーフガードが実際の運用で十分機能するのかについては、国際的にも議論や批判的研究があります。
Q6.緩和ケアを否定している法案なのですか?
A. いいえ。法案では、予備的な話し合いにおいて、利用可能な治療だけでなく、緩和ケア、ホスピス、症状管理、心理的支援などについても扱うことが想定されています。
RiPとしても、緩和ケアの重要性を否定するものではありません。むしろ、緩和ケアを充実させることと、なお残る終末期の苦痛に対する制度的選択肢を検討することは、必ずしも両立しないものではないと考えています。
Q7.安楽死と尊厳死は同じですか?
A. 同じではありません。一般に「尊厳死」は、延命治療の差し控え・中止など、死を直接引き起こす薬剤を投与することとは異なる行為を指して用いられます。一方、安楽死やAssisted Dyingは、本人の死を意図的に早めることを制度として認めるかどうかという問題です。
ただし、日本語の「尊厳死」「安楽死」という言葉には複数の定義が存在するため、議論では具体的な行為を確認することが重要です。
Q8.安楽死制度にはどのようなリスクがありますか?
A. 主な論点として、本人の意思に対する家族・社会・経済的圧力、障害者や高齢者など脆弱な立場の人への影響、意思決定能力の評価、医療者の利益相反、制度の対象範囲が将来的に変化する可能性、監視・報告制度が十分に機能するかどうかなどが挙げられます。
これらは安楽死反対論だけの主張ではなく、実際に学術研究や各国の制度運用をめぐって研究・議論されている論点です。
Q9.安楽死制度を認めれば、必ず対象が拡大するのでしょうか?
A. 必ず拡大すると科学的に断定することはできません。一方、制度導入後に対象範囲や適用基準が変化した国があることや、制度の運用をめぐって議論が生じていることも事実です。
したがって重要なのは、「必ず拡大する」「絶対に拡大しない」と断定することではなく、制度導入後の対象範囲、審査、報告、監視、法改正などを継続的に検証できる仕組みを設けることだと考えられます。
Q10.日本でもイギリスと同じ制度を導入すべきですか?
A. RiP:Dは、英国の制度をそのまま日本に移植することを主張しているわけではありません。英国を含む各国の制度を比較し、どのような適格要件、第三者審査、セーフガード、監視制度が必要なのかを検討することが、日本における制度設計を考えるうえで重要だと考えています。
嘆願書送付アクション
本サイトでは、各国制度、安全性・濫用防止、緩和ケア、身体疾患による苦痛と自殺などについて、国会提出用の補足資料も公開しています。
書類 一覧
・嘆願書 本文『人道的終末選択の法制化に関する提言書』
・補足資料① 日本における安楽死制度の法的現状と制度的空白
・補足資料② 各国制度比較と日本への制度モデル
・補足資料③ 制度設計・安全性確保・濫用防止策
・補足資料④ 緩和ケアの限界と終末期医療の課題
・補足資料⑤ 身体疾患・身体障害による苦痛と自殺の実態
・カバーレター:ご挨拶(1ページ)
・要約文(2ページ)
参考文献・学術研究
本ページでは、英国における終末期の自己決定とassisted dying(医療者の関与による死の選択)をめぐる制度、セーフガード、緩和ケア、障害者・脆弱な立場にある人々への影響などについて、海外の公的資料および査読付き学術論文・学術的論考を参照しています。
安楽死・assisted dyingをめぐっては、制度化を支持する立場だけでなく、セーフガードの実効性、障害者への影響、社会的圧力、医療倫理上の問題などを指摘する慎重論・反対論も存在します。
そのため、本ページでは特定の立場の研究だけを取り上げるのではなく、異なる見解を示す研究も含めて紹介しています。
1.緩和ケアとAssisted Dyingの関係
Gerson SM, Koksvik GH, Richards N, Materstvedt LJ, Clark D. The Relationship of Palliative Care With Assisted Dying Where Assisted Dying is Lawful: A Systematic Scoping Review of the Literature. Journal of Pain and Symptom Management. 2020;59(6):1287-1303.e1.DOI: 10.1016/j.jpainsymman.2019.12.361PMID: 31881289
合法地域におけるassisted dyingと緩和ケアの関係について、105件の文献を検討し、そのうち16研究を対象としたsystematic scoping reviewです。
研究では、両者の関係について、協力・共存・統合・相互排他的ではない関係・対立・葛藤など、複数の形態が報告されています。したがって、「緩和ケアとassisted dyingは必ず対立する」といった単純な二項対立では捉えられないことを示す重要な資料です。
2.セーフガードの実効性に対する批判的検討
Pereira J. Legalizing Euthanasia or Assisted Suicide: The Illusion of Safeguards and Controls. Current Oncology. 2011;18(2).DOI: 10.3747/co.v18i2.883PMID: 21505588PMCID: PMC3070710
安楽死・医師による自殺幇助を合法化した地域における法的セーフガードについて、制度上の規定が実際の医療現場でどのように運用されるのかという観点から、批判的に検討した論文です。
合法化に伴う「本人の明示的な意思確認」「報告義務」「第二の医師による確認」などの仕組みについて、その実効性に疑問を呈しています。
なお、本論文は2011年の研究であり、現在の各国制度を直接評価する最新研究ではありません。そのため、本ページでは「現在の制度が機能していないことを証明する資料」としてではなく、セーフガードの実効性を検証する必要性を示す批判的研究として位置づけています。
3.オランダにおけるセーフガードの運用
Miller DG, Kim SYH. Euthanasia and physician-assisted suicide not meeting due care criteria in the Netherlands: a qualitative review of review committee judgements. BMJ Open. 2017;7(10).DOI: 10.1136/bmjopen-2017-017628PMID: 29074515PMCID: PMC5665211
オランダの地域安楽死審査委員会(RTE)が公表した、法定の「due care criteria(慎重な医療上の要件)」を満たしていないと判断された事例を分析した研究です。
2012~2016年に発生した33件の該当事例を検討し、そのうち32件を分析しています。手続上の要件違反だけでなく、代替手段の不存在など実質的要件に関する問題も確認されており、法律にセーフガードを規定するだけでなく、実際の症例においてどのように適用・審査されるかを検証することが重要であることを示しています。
4.障害者・脆弱性に関する慎重論
Stainton T. Disability, vulnerability and assisted death: commentary on Tuffrey-Wijne, Curfs, Finlay and Hollins. BMC Medical Ethics. 2019;20(1):89.DOI: 10.1186/s12910-019-0426-2PMID: 31775722PMCID: PMC6882029
障害者とassisted dyingをめぐる脆弱性の問題を検討した学術的論考です。
特に、適切な障害者支援が不足している状況でassisted dyingが代替手段として選択される可能性や、障害のある人の生命の価値が社会や医療の中で低く評価される危険性について論じています。
安楽死・assisted dyingの制度設計を考える際に、自己決定だけでなく、本人が社会的・経済的・医療的圧力から自由に選択できる環境が確保されているかという観点を検討するための重要な慎重論です。
5.障害者をめぐる反対論への批判的検討
Colburn B.Disability-based arguments against assisted dying laws. Bioethics. 2022;36(6):680-686.DOI: 10.1111/bioe.13036PMID: 35389513PMCID: PMC9322678
障害者の権利を根拠としてassisted dying法制化に反対する議論を取り上げ、それらの議論を批判的に検討した論文です。
著者は、障害者が一様にassisted dying法に反対しているという主張や、制度そのものが障害者に対する差別・権利侵害となるという議論などを検討しています。
一方で、障害者との対話から制度上のセーフガードについて学ぶ必要性も認めています。
本ページでは、障害者・脆弱性をめぐる議論を反対側の見解だけでなく、それに対する反論も含めて紹介するための文献として位置づけています。
6.Assisted Dyingと「差別」をめぐる議論
Sarbey B.Assisted dying programmes are not discriminatory against the dying. Journal of Medical Ethics. 2024;50(2):115.DOI: 10.1136/jme-2023-109551PMID: 37949650
終末期患者を対象とするassisted dying制度について、「死に近い人々を対象とすること自体が差別にあたるのか」という倫理的問題を検討した論考です。
終末期における自己決定と、差別・生命の価値をめぐる議論を考えるうえで参考となります。
なお、PubMedでは本論文は**Comment(論評)**として分類されています。そのため、本ページでは実証研究としてではなく、assisted dyingをめぐる倫理的・哲学的議論の一つとして紹介しています。
7.Assisted Dyingをめぐる国際的な研究動向
Grove GL, Lovell MR, Hughes I, Maehler E, Best M.Voluntary-assisted dying, euthanasia and physician-assisted suicide: global perspectives-systematic review. BMJ Supportive & Palliative Care. 2025;15(4):423-435.DOI: 10.1136/spcare-2024-005116PMID: 40175060
2023年7月までに公表された研究を対象として、voluntary-assisted dying、euthanasia、physician-assisted suicide(EAS)に対する患者、医療従事者、一般市民など、さまざまな集団の見解を国際的に整理したsystematic reviewです。
521件の研究、1,945,945人の回答を対象とし、EASに対する支持は、国・集団・状況によって大きく異なることを示しています。医師と一般市民との間でも支持率に差がみられ、終末期であるか、痛みがあるかといった条件によっても支持が変化していました。
この研究は、assisted dyingに対する社会的・医学的評価が一様ではなく、条件や立場によって大きく異なることを示す国際的な背景資料として参照できます。
これらの研究から見えてくること
以上の研究を総合すると、assisted dyingをめぐる議論には、少なくとも以下のような複数の論点が存在します。
緩和ケアとassisted dyingをどのように位置づけるか
患者本人の意思決定をどのように確認するか
判断能力をどのように評価するか
医師による確認や審査をどのように行うか
セーフガードが実際に機能しているか
障害者や社会的に脆弱な立場の人をどのように保護するか
社会的・経済的圧力による「本人の意思」の変容をどう防ぐか
自己決定と生命保護をどのように両立させるか
制度導入後に対象範囲や運用がどのように変化するか
医療者、患者、家族、社会の価値観がどのように影響するか
したがって、安楽死・assisted dyingの法制度について考える際には、「賛成か反対か」という二択だけでなく、どのような条件で、誰が、どのような手続きによって判断し、どのような監視と救済制度を設けるのかという制度設計の問題として検討することが重要です。
RiP:Dでは、安楽死・人道的終末選択を無条件に推奨するのではなく、こうした医学的・倫理的・法的論点を踏まえたうえで、日本における終末期の自己決定と法制度のあり方について議論する必要があると考えています。
本文の主張 | 推奨根拠 |
緩和ケアとAssisted Dyingの関係は単純ではない | Gerson et al. 2020 |
制度にはセーフガードが必要 | 英国政府ECHR memorandum |
セーフガードが実際に機能するかは別問題 | Pereira 2011 |
制度違反・不適合事例も検討対象になる | Miller & Kim 2017 |
障害者への圧力・脆弱性が問題となる | Stainton 2019 |
障害者保護を理由とする反対論にも反論がある | Colburn 2022 |
終末期患者への制度適用を差別とみる議論 | Sarbey 2024 |
国際制度の比較 | Grove et al. 2025 |
留意事項
この法案はイングランドおよびウェールズを対象とした法案であり、スコットランドや北アイルランドには直接適用されません。
対象は18歳以上で、イングランドまたはウェールズに一定期間居住し、判断能力があり、余命6か月以内と診断された終末期患者です。
制度では、患者本人による申請、担当医と独立医師による評価、必要な宣誓・確認手続きなど、複数段階の保護措置が設けられています。
法案は医療従事者の良心的拒否権(Conscientious Objection)も認めています(ほぼ世界共通)。
「安楽死」と「Assisted Dying」について
本稿では、検索上一般的に用いられている「イギリス安楽死法案」という表現を使用します。
ただし、制度上の正式な用語は Assisted Dying(幇助死) であり、
2026年に再提出された法案の正式名称は Terminally Ill Adults (End of Life) Bill です。
この法案で想定されているのは、一定の条件を満たした末期疾患の成人に対し、医師が必要な薬剤等を提供し、本人が最終的な自己投与を行う制度です。医師が本人に代わって致死薬を直接投与する、いわゆる「医師による積極的安楽死」とは制度上区別されます。
以下では、検索上の便宜から「安楽死法案」という表現を使用する場合がありますが、制度の説明では可能な限り英国法案の正式な用語に従います。
本稿の情報源と調査方法
本稿では、英国議会に提出された法案本文を一次資料として、法案の適格要件、審査手続き、保護措置、自己投与、罰則および監視制度を確認しています。
また、英国政府(GOV.UK)が公開する影響評価、Equality Impact Assessment、European Convention on Human Rights(ECHR)関連資料、英国議会のHouse of Commons Libraryによる調査資料を参照しています。
制度の評価や倫理的論点については、PubMedに収載された査読付き学術論文・レビューを確認し、賛成・支持側の議論だけでなく、障害者への影響、強制・社会的圧力、セーフガードの実効性、緩和ケアとの関係などに関する慎重論・批判的研究も併記しています。
なお、本稿にはRiPによる評価・意見が含まれます。その場合は、可能な限り公的資料・法案本文・学術研究に基づく事実記述と区別して記載しています。
※英国の法案は審議過程で修正される可能性があります。本稿では、最終更新日時点で公開されている法案本文を基準としています。




















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