イギリス 安楽死法案:申請から手続き・保護措置まで全プロセスを徹底解説
- リップディー(RiP:D)

- 2025年11月27日
- 読了時間: 14分
更新日:7月21日
※最終更新日:2026年7月21日(随時更新)
👉 安楽死の基本的な仕組みや全体像を知りたい方は、こちらの記事をご覧ください↓
👉 安楽死の定義と分類(積極的・消極的・間接的)の違いは、こちらで整理しています↓
安楽死制度の中でも、最も厳格で特異なモデルが存在します。
それが、イギリスの安楽死法案です。
多くの国が医師の判断を中心に制度を設計する中で、イギリスは「司法」という全く異なるアプローチを採用しています。
誰が死を判断するのか——その答えを「医療」ではなく「法」に委ねた制度です。
イギリスの安楽死制度は、「死の決定を医師ではなく国家が管理する」という極めて特殊なモデルです。
👉 世界の安楽死制度の全体像については「世界の安楽死制度」を先にご覧ください。
🎧音声による動画解説
要約図(自由使用可)

イギリス 安楽死法案:
申請から手続き・保護措置まで全プロセス解説
本稿では、イギリスにおける、現在審議中の安楽死法を対象として、
・「安楽死の申請から終了に至るまでの具体的プロセス」
・「患者に不利益をもたらさないために設けられた保護措置(セーフティガード)」
――以上の二点に注目しながら解説いたします。
イギリス安楽死法案とは

👉イギリス国会ホームページ:安楽死法案に関するサイト↓
👉※実際の『安楽死法案』PDFはこちらより↓
イギリス安楽死法案の正式名称
Terminally Ill Adults (End of Life) Bill
※日本語訳:『末期成人(終末期)法案』
【適用の条件】
イギリス安楽死法の適用対象と要件|誰が申請できるのか
1.末期疾患の成人(18歳以上)で、回復不能な進行性の疾患があり、その疾患により6ヶ月以内に死亡すると予測される場合。
※神経変性疾患の場合は『12ヶ月以内に死亡すると予測』される場合も含まれるという『案』がありましたが、
現在の審議段階では『全ての疾患において6か月以内』とされています。アメリカ同様、厳しい余命要件となってます。
※神経変性疾患:ALS、パーキンソン病、脊髄小脳変性症、多系統萎縮症、多発性硬化症、ハンチントン病…etc.
2.自身の生命を終わらせる決定をする能力があること。
(※精神的に安定していて判断能力があること)
3.申請時にイングランドまたはウェールズに12ヶ月以上通常居住しており、イングランドまたはウェールズの一般医療機関に患者として登録されていること。
4.明確で、確固たる、十分な情報を得た上で自身の生命を終わらせる意思があること。
5.強制や圧力がない、自発的な決定であること。
備考
※『非末期の疾患』や『精神疾患』は、対象外
どんなに『壮絶な苦痛』を抱えていても、耐え難い『不快感』を持っていても
『寿命がまだまだ残っている』なら、安楽死の対象に該当しません。
たとえば重度の繊維筋痛症で、四六時中、全身に電気ショックのような痛みがあっても
『寿命がまだ先』なのであれば安楽死は非対象となります。
精神疾患も、同様に非末期疾患に区分されます。
※一方で、スイス、オランダ、ベルギー、ドイツ、カナダ、スペイン、南米は『非末期も対象範囲』です。フランスの法案も然り。
【安楽死 審査プロセス】
【申請段階】
主治医による医学的評価|耐え難い苦痛と代替手段の検討
(患者の意思を初めて明確にする段階)
・予備的な話し合い:
登録された医療従事者は、自発的な『Assisted Dying(アシステッド・ダイイング:日本で言う、いわゆる“安楽死”)』について患者に話題を提起する義務はありませんが、適切と判断すれば話し合うことができます。
話し合いの書面記録は、できるだけ早く登録医療従事者に提出され、医療記録に含められます。
・最初の意思表明(First Declaration):
安楽死を希望する患者は「最初の意思表明」を行います。これは、定められた形式で、患者自身が署名し日付を記入し、コーディネーター医師(最初の医師)および、もう一人の証人の両方が署名を目撃する必要があります。
意思表明には、適格性の初期条件(18歳以上、居住要件、GP登録)、予備的な話し合いをしたことの確認、評価を受けることへの同意、強制がないこと、およびいつでも意思表明をキャンセルできることの理解が含まれます。
患者は本人確認のため、コーディネーター医師と証人に2種類の身分証明書を提示する必要があります。
👉 各国に共通する申請から実施までの流れについては、こちらで整理しています↓
【評価段階】
独立医師によるセカンドオピニオン制度|
二重確認の仕組み
1.最初の医師による評価(コーディネーター医師)
コーディネーター医師(患者の親族でなく、患者の末期疾患治療に関わっていない者)は、末期疾患、意思決定能力、自発的な意思の有無を評価します。
意思決定能力に疑問がある場合、または患者の疾患に関する専門知識が不足している場合は、専門医(精神科医または該当疾患の専門家)に照会する必要があります。
2.2人目の医師による評価(独立した医師)
コーディネーター医師は、患者を独立した医師に紹介します。独立した医師は、コーディネーター医師が報告書を作成した日から7日間の熟慮期間が終了した後、できるだけ早く2回目の評価を実施します。
独立した医師は、患者の末期疾患の治療やケアを提供したことがなく、親族でもなく、コーディネーター医師と同じ診療所や臨床チームのパートナーや同僚ではない者でなければなりません。
評価後、独立した医師は報告書を作成し、患者、コーディネーター医師、およびGP診療所にコピーを提供します。
👉 誰が最終的に承認するのか(医師判断型・第三者審査型)については、こちらで詳しく解説しています
※補足:英国は
医師2名
精神科医
法律・福祉専門家
など多層承認。つまり強い第三者審査型に近い
【協議段階】
安楽死実施判断までの協議プロセス|多段階審査の実際
(外部の機関による再評価)
・安楽死審査パネル
両方の医師が患者が適格であると判断した場合、ケースは安楽死審査パネルに照会されます。
パネルは提出された文書を確認し、コーディネーター医師および独立した医師から聴取し、原則として患者からも聴取します。パネルは、患者が適格であると判断した場合、適格証明書を発行します。
・パネルの決定の再検討
パネルが適格証明書の発行を拒否した場合、患者は法的な誤り、不合理性、または手続き上の不公平を理由に、コミッショナーに再検討を申請できます。コミッショナーが申請を認めれば、別のパネルに再審査を付託します。
※パネルとは…
安楽死審査委員会のことで、二人の医師から独立した機関
高等裁判所の裁判官 or 元上級裁判官が議長を務め、弁護士、緩和ケア医、精神科医やソーシャルワーカーなど様々な専門家が参加する審査機関。
学際的な専門家によるセーフティガード機関であり、イギリス安楽死法案の“大きな目玉”で、他の合法国と異なり厳しい審査と評される点。
【実施・報告段階】
イギリスにおける安楽死の実施方法|
手続きと医療管理体制
・要求の確認(Second Declaration):
適格証明書が発行され、かつ14日間の熟慮期間が終了した後(コーディネーター医師が死亡が差し迫っていると合理的に判断した場合は短縮可能)、患者は安楽死を希望する旨の「2回目の意思表明」を行います。
この意思表明は自発的で、強制がなく、キャンセルされていないことを確認するものです。
コーディネーター医師は、意思表明の際に患者が末期疾患であり、意思決定能力があり、明確で確固たる意思があり、自発的であることを確認し、その旨を宣言する声明を作成します。
・意思表明の取り消し:
患者は、最初の意思表明または2回目の意思表明をいつでも、口頭または書面でコーディネーター医師またはGP診療所の医療従事者に通知することにより取り消すことができます。取り消しは医療記録に記録されます。
・安楽死の提供:
適格証明書の発行、2回目の熟慮期間の終了、2回目の意思表明の提出と未キャンセル、およびコーディネーター医師の声明が揃った場合に、安楽死が実施されます。
コーディネーター医師は、承認された物質を提供する時点で、患者に意思決定能力があり、明確で確固たる意思があり、自発的に助力を求めていることを確認する必要があります。
コーディネーター医師は、患者が自己投与できるように物質を準備し、投与を補助することができますが、最終的な自己投与の行為は患者自身が行わなければなりません(※医師の注射などはNG)。
コーディネーター医師は、患者が物質を自己投与して死亡するまで、または処置が失敗するか、患者が自己投与しないことを決定するまで、患者と一緒にいる必要があります。
・死亡登録と報告:
安楽死により死亡した場合、コーディネーター医師は「最終声明」を作成し、コミッショナーにコピーを送付します。この情報は医療記録に記録されます。
イングランドおよびウェールズの登録総長は、毎年、安楽死による死亡の統計分析報告書を議会に提出します。死因は「Assisted Death(アシステッド・デス)」として、末期疾患とともに記録されます。
👉 実際の方法(医師投与・自己投与)の違いについては、こちらで詳しく解説しています
※補足:英国モデルは自己投与型(オレゴンに近い)
イギリス安楽死|申請手続きの全体フロー
①コーディネーター医師(安楽死に対処できる医師)に要請(第1チェック)
⇩
②独立した医師(まったく別の医師)による安楽死の要請(第2チェック)
⇩
③パネルによる審査(高等裁判官と多方面の専門家による審査)(第3チェック)
⇩
④コーディネーター医師が安楽死を実施後、行政機関に報告
👉 なお、このプロセスは一般的な自殺とは明確に区別される制度設計となっています。
強制リスク回避のためのセーフティガードとは|
制度的保護措置
※👉このような保護措置は、「制度が拡大しすぎるのではないか」という懸念とも深く関係。
・初回医師評価 (Coordinating Doctor):
コーディネーター医師は、特定の要件を満たし、患者の親族でなく、利益相反がない者でなければならない。
・第2医師評価 (Independent Doctor):
コーディネーター医師から独立した医師(患者の末期疾患の治療やケアに携わったことがなく、患者の親族やコーディネーター医師の同僚でない者)が行う。
・ 承認と最終確認
安楽死審査委員会 (Assisted Dying Review Panel):
初回および第2医師の評価報告書を審査し、医師および患者本人から聴取する。
患者が身体的に自己投与できない場合、権限を与えられた医療従事者による投与も可能。
これには患者の同意と、強制的な制御や経済的虐待に関するトレーニングを含む特定の訓練と資格が必要。
・法執行と免責
この法律に誠実に従って安楽死を支援または実行する者は、民事または刑事責任、専門職の懲戒処分から免責される。
不正行為、強制、または圧力によって安楽死の申請を誘発したり、申請の取り消しを妨げたりする行為は最長14年の禁固刑に処せられる。
不正行為、強制、または圧力によって安楽死物質の自己投与を誘発する行為は終身刑に処せられる。
虚偽文書の作成や文書の偽造・破棄も犯罪となる。
• 監視と見直し
自発的安楽死コミッショナー (Voluntary Assisted Dying Commissioner):
▪ 首相が任命する裁判官経験者。
▪ 法律の運用を監視し、調査を行い、年次報告書を提出する。
▪ 障害者の本法実施と影響に関する障害諮問委員会を任命する。
5年ごとの法律の見直しを行い、安楽死の実施状況、緩和ケアの利用可能性、障害者への影響などを評価する。
行動規範とガイダンスを策定し、意思決定能力の評価、精神疾患の影響、情報提供、コミュニケーション確保に関する指針を示す。
👉 制度の厳しさ(厳格型・寛容型)の違いについては、こちらで整理しています
法案の評価と国際比較
一連の要件については、やや過度な厳格さがあるのではないかと感じられます。
制度全体の流れそのものは、他の安楽死を認める国々と大きくは変わりません。
とはいえ、高等裁判官や専門家、そして関与した二名の医師に加え、患者本人を交えた審査会を設けるという点は、極めて慎重かつ重層的な構造となっており、運用面において相当の負担が想定されます。
とりわけ、「余命6か月以内」という時間的制約の中で、こうした複雑な審査プロセスを円滑に完了できるのかどうかについては、一定の懸念が残ります。
現在「世界で最も厳しい審査基準」と評されている状況も、十分に理解できるところです。
もっとも、制度の創設段階において慎重さが求められることは当然であり、初期運用において厳格な枠組みが採られること自体は妥当だと言えます。
今後、運用が安定し、実務上の課題が整理されていく過程で、一定の基準緩和が検討される可能性もあるでしょう。
なお、罰則規定の厳しさについては、制度の信頼性を担保する観点から評価できるものであり、むしろ強化を検討してもよいほどであると考えます。
👉 安楽死をめぐる倫理的な議論については、こちらで整理しています
※補足英国では、賛成約70%前後という世論も存在
私たちは、オランダ安楽死に影響を受けて制度設計とポリシーを考えています。
イギリスのそれと比較してみてアイデアを深めて頂けると嬉しいです。
※👉オランダの安楽死法の詳しい解説は↓


👉 世界初の制度であるオレゴン州の仕組みについては、こちらで詳しく解説しています
👉 医師投与が中心となるカナダの制度については、こちらで比較できます
【参考動画】
イギリス下院議会での審議中継
👉 安楽死と関係が深い「緩和ケアと安楽死の違い」については、こちらで整理しています↓
👉 日本の法制度や現状については、こちらで詳しく解説しています
👉 安楽死制度の全体像を理解するために、以下の記事もあわせてご覧ください。
👉 混同されやすい、安楽死と尊厳死の違いをを知りたい方は、こちら(延命治療との関係も整理)↓
👉 世界各国の安楽死制度を知りたい方は、こちらで解説しています↓
FAQ
Q. イギリスの安楽死法案の特徴は何ですか?
A. イギリスの安楽死法案は、医師の判断だけでなく、裁判所などの第三者機関が事前に関与する点が最大の特徴です。これにより安全性と透明性を確保する設計となっています。
Q. なぜ司法が関与するのですか?
A. 安楽死は不可逆的な行為であるため、医療判断だけに委ねず、国家が法的に適格性を確認することで、誤用や強制を防ぐためです。
Q. 対象者は誰ですか?
A. 法案では、末期疾患を有する成人で、自発的かつ明確な意思を持つ患者が対象とされています。
Q. 他国と何が違いますか?
A. 多くの国では医師による判断を中心としていますが、イギリスは事前に司法が関与する点で、より厳格な制度設計となっています。
Q. なぜここまで厳格な制度なのですか?
A. 社会的圧力や誤判断による濫用を防ぐため、複数のチェック機構を導入し、安全性を最大限確保する必要があるためです。
Q. 日本でも同様の制度はありますか?
A. 日本では安楽死制度自体が法的に整備されておらず、このような制度は存在していません。
出典・参考文献
イギリス議会
UK Parliament
Terminally Ill Adults (End of Life) Bill
UK Parliament
Terminally Ill Adults (End of Life) Bill(Bill Text)
https://bills.parliament.uk/publications/61635/documents/6735
UK Parliament
Bill Progress・Committee Papers・Amendments
イギリス政府
Terminally Ill Adults (End of Life) Bill
https://www.gov.uk/government/collections/terminally-ill-adults-end-of-life-bill
Department of Health and Social Care
Ministry of Justice
関連法令
Mental Capacity Act 2005
Human Rights Act 1998
Suicide Act 1961
医療・専門団体
British Medical Association(BMA)
Royal College of Physicians(RCP)
Royal College of General Practitioners(RCGP)
Association for Palliative Medicine(APM)
General Medical Council(GMC)
国際機関
世界保健機関(WHO)
Integrating Palliative Care and Symptom Relief into Primary Health Care(2018)
European Association for Palliative Care(EAPC)
各国制度との比較
Government of the Netherlands
Euthanasia
Health Canada
Medical Assistance in Dying (MAiD)
https://www.canada.ca/en/health-canada/services/medical-assistance-dying.html
Oregon Health Authority
Death with Dignity Act
https://www.oregon.gov/oha/ph/providerpartnerresources/evaluationresearch/deathwithdignityact/
医学・学術資料
New England Journal of Medicine(NEJM)
The Lancet
BMJ(British Medical Journal)
Journal of Medical Ethics
日本
厚生労働省
人生の最終段階における医療・ケア
日本緩和医療学会
留意事項
この法案はイングランドおよびウェールズを対象とした法案であり、スコットランドや北アイルランドには直接適用されません。
対象は18歳以上で、イングランドまたはウェールズに一定期間居住し、判断能力があり、余命6か月以内と診断された終末期患者です。
制度では、患者本人による申請、担当医と独立医師による評価、必要な宣誓・確認手続きなど、複数段階の保護措置が設けられています。
法案は医療従事者の良心的拒否権(Conscientious Objection)も認めています(ほぼ世界共通)。














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