カナダ安楽死の歴史③|MAID制度はなぜ成立し、どう拡大したのか
- リップディー(RiP:D)

- 2 分前
- 読了時間: 25分
最終更新日:2026年8月30日
👉 安楽死の基本的な仕組みや全体像を知りたい方は、こちらの記事をご覧ください↓
👉 安楽死の定義と分類(積極的・消極的・間接的)の違いは、こちらで整理しています↓
この記事で分かること
カナダでMAID制度が成立するまでの経緯
Rodriguez事件とCarter判決の関係
2016年Bill C-14で何が法制化されたのか
2019年Truchon判決が制度に与えた影響
2021年Bill C-7で何が変わったのか
Track 1・Track 2とは何か
MAID利用件数がどのように増加してきたのか
精神疾患のみを理由とするMAIDをめぐる現在の議論
MAID制度に対する支持・慎重論の双方
カナダの経験から日本の制度設計を考える際の論点
2016年──Carter判決からカナダのMAID制度成立へ
2015年2月6日。
カナダ最高裁判所がCarter判決を下したことで、カナダ政府には、新たな終末期医療制度を法制化するという大きな課題が残されました。
そして翌2016年、カナダ議会はBill C-14を成立させます。
2016年6月17日、国王の裁可を受け、Medical Assistance in Dying(MAID)がカナダの連邦法の下で正式に制度化されました。
👉 カナダ安楽死の歴史②|「禁止」から制度設計へ|Carter判決まで20年の歩み
1993年のスー・ロドリゲス事件から約23年。
長い裁判と社会的議論を経て、カナダはついに、
「自殺幇助を刑法で一律に禁止する」社会から、
一定の条件のもとで「医療による死の援助」を認める社会へ
と大きく転換したのです。

ただし、これは「これで議論が終わった」という意味ではありませんでした。
むしろ、ここから新たな問題が始まります。
誰を制度の対象とするのか。
どのような条件なら認めるのか。
本人の自由な意思を、どのように確認するのか。
そして、脆弱な立場にある人々をどのように守るのか。
カナダは、これらの問題を抱えながら制度をスタートさせることになります。
そして、そのわずか数年後には、
「2016年の制度は
本当にCarter判決の趣旨を満たしているのか」
という新たな裁判が起こることになります。

👉参考資料:
・Government of Canada an Act to amend the Criminal Code and to make related amendments to other Acts (medical assistance in dying) Bill C-14(カナダ司法省・法令)
👉 世界の安楽死制度の成立経緯を年代順で知りたい方は、こちら↓
🎧音声による動画解説
要約図(自由使用可)


カナダのMAID制度はなぜ再び裁判に持ち込まれたのか
最初のMAID制度には、重要な条件があった
2016年に成立した制度は、誰でも利用できるものではありませんでした。
対象となるのは、基本的に成人で、医療上の判断能力があり、本人自身が自発的に申請し、重篤かつ回復不能な病状によって耐え難い苦痛を抱えている人です。
さらに当初の制度では、自然死が
「合理的に予見可能(reasonably foreseeable)」
=
6か月から1年以内に亡くなるの予想される
「末期疾患の患者のみ」
であることが重要な要件の一つとされました。
いわゆる「厳格型」のモデルを採用していたということです。

👉 安楽死制度の2つのモデル|厳格型と寛容型の違いを世界の制度から解説
つまり、2016年当初のMAIDは、
「死を望む人なら誰でも利用できる制度」
ではありませんでした。
政府は、Carter判決への対応と同時に、
本人の自己決定と、脆弱な人々を守るための安全策とのバランスを取ろうとしたのです。
この時点では、カナダ政府自身もMAIDをめぐる問題には、まだ多くの検討課題が残されていることを認識していました。
👉参考資料:Department of Justice Canada Legislative Background: Medical Assistance in Dying
2019年Truchon判決──カナダ安楽死制度の条件はなぜ変更されたのか
2016年に制度が成立したことで、問題がすべて解決したわけではありませんでした。
むしろ新しい制度の「境界」が、再び裁判所で問われることになります。
その中心となったのが、Truchon(トリュション)事件です。
ケベック州のJean Truchon(ジャン・トリュション)氏とNicole Gladu氏は、
重い身体的障害や慢性的な苦痛を抱えていました。
二人は、自然死が「合理的に予見可能」であることをMAIDの条件とする規定について、
「自分たちのように死が差し迫っていない人を、
一律に制度から排除するのは不当ではないか」
と訴えました。
2019年9月、ケベック州上級裁判所は、
連邦法の「自然死が合理的に予見可能」という要件を違憲と判断しました。
この判決は、2015年のCarter判決が示した考え方をさらに押し広げることになります。
Carter判決では、最高裁は「終末期であること」を必須条件としていませんでした。
そのため、
「2016年の法律が、最高裁判決よりも
厳しい条件を設定しているのではないか。」
という問題が改めて浮上したのです。
👉参考資料:
・Department of Justice Canada Medical Assistance in Dying: Canada’s MAID law
2021年Bill C-7──カナダのMAID制度は大きく拡大
Truchon判決などを受け、カナダ議会は再び法律を改正します。
2021年3月17日、Bill C-7が国王の裁可を受けました。
この改正によって、MAID制度は大きく変化します。
最大の変化は、
「自然死が合理的に予見可能であること」
という要件が撤廃
されたことです。
これにより、自然死が近いとは言えない人も、
一定の条件を満たせばMAIDの対象となり得るようになりました。
現在の制度では、この二つのグループを区別して考えることがあります。
Track 1
自然死が合理的に予見可能な人。
Track 2
自然死が合理的に予見可能ではない人。
Track 2では、より厳格な手続き上の安全策が設けられています。
つまり、2016年の制度は、
「死が近い人を中心とした制度」
でしたが、2021年以降は、
「死が近いとは限らないが、
重篤で回復不能な病状によって耐え難い苦痛を抱える人」
にも対象が広がったのです。
また対象範囲を拡大する一方で、
自然死が合理的に予見可能でないTrack 2には別の安全措置を設定しました。

👉参考資料:
・Justice Laws WebsiteAn Act to amend the Criminal Code (medical assistance in dying), 2021
👉【2025年最新】カナダ安楽死(MAID)の実態|人数・条件・問題点を完全解説
カナダでMAIDを受ける人はどのくらい増えたのか
制度成立後、MAIDの利用件数は急速に増加しました。
カナダ保健省の最新の第6回年次報告書によれば、2024年には、
22,535件のMAID申請が報告され、16,499人がMAIDを受けました。
これは2023年の15,427人から6.9%増加しています。
また、2016年の制度開始以降、2024年までの累計では、
76,475件のMAID提供が報告されています。
2024年には、カナダで亡くなった人の5.1%がMAIDを受けています。
ただし、カナダ保健省は、MAIDは「死因」ではなく医療サービスであり、
死亡診断書上の死因とは区別する必要があると明確に説明しています。
この点は、統計を読む上で非常に重要です。


制度の利用は増え続けていますが、カナダ保健省は、2024年には前年比の増加率が6.9%まで低下しており、年間件数が「安定化し始めている可能性」があるとしています。
ただし、長期的な傾向を確定するには、さらに数年のデータが必要だともしています。
👉参考資料:Health Canada Sixth Annual Report on Medical Assistance in Dying in Canada
👉【2026年最新版】カナダ安楽死(MAID)完全ガイド|申請条件・手続き・審査プロセス・保護措置まで徹底解説
👉 日本の安楽死の歴史・事件を知りたい方は、こちらをご覧ください↓
カナダ国民は安楽死・MAID制度をどう考えているのか
ここまで見てきたように、カナダのMAID制度は、
2016年の成立から2021年の大幅な制度拡大を経て、対象範囲を広げてきました。
では現在、カナダ国民はこの制度をどのように評価しているのでしょうか。
ここで重要なのは、
「カナダ国民のMAID支持率」を
一つの数字だけで語ることはできない
ということです。
2026年5月、非営利・非党派の世論調査機関Angus Reid Institute(アンガス・リード研究所)がカナダ成人1,803人を対象に実施した調査では、
2016年に成立したMAID制度への支持は77%
でした。しかし、
・2021年の制度拡大では53%に低下し
・精神疾患のみを理由とするMAIDでは
43%が支持、39%が反対、19%が「わからない」
と回答しています。
つまり、
MAIDそのものへの支持は高い一方、
「誰に、どこまで認めるのか」という制度の拡大については、
国民の意見が大きく分かれている
のです。
一方、MAIDの権利拡大を推進するDying With Dignity Canada(DWDC)が
2025年にIpsos(イプソス)へ委託した調査では、
Carter判決への支持は85%
でした。2026年にDWDCがEnvironics Researchへ委託した調査でも85%とされています。
ただし、これは「現在のMAID制度全体への支持率」ではなく、
Carter判決への支持を測ったものです。
また、DWDCが委託した調査であることも踏まえ、Angus Reid Instituteの調査と単純に一つの「国民支持率」として比較するのではなく、
異なる質問・異なる調査による結果として紹介することが適切でしょう。
したがって、カナダのMAID世論を理解するには、
「MAIDに賛成か反対か」ではなく、
「どのMAIDを、どの条件で認めるのか」
を見る必要があります。

👉 参考資料:
👉日本 安楽死 世論調査|賛成率・反対率の最新データまとめ
👉 安楽死をめぐる賛否の論点を体系的に整理したい方は、こちらをご覧ください↓
カナダのMAID制度で現在問題になっていること
MAIDをめぐる議論は、現在も終わっていません。
むしろ、制度が広がったことで、新たな問題が生まれています。
その一つが、
「精神疾患だけを理由とするMAID」
です。
カナダでは、この問題について実施時期の延期が繰り返されてきました。
精神疾患のみを唯一の基礎疾患とするMAIDについては、当初2023年3月17日に適格となる予定でしたが、2度延期され、現在は2027年3月17日まで延期されています。
当初:2023年3月17日から対象になる予定
2023年3月9日:Bill C-39成立 → 2024年3月17日まで延期
2024年2月29日:Bill C-62成立 → さらに3年間延期
現在の予定:2027年3月17日から適格性の除外が終了する予定
2026年現在も、精神疾患を唯一の基礎疾患とするMAIDをめぐっては、医学的な評価、本人の意思決定能力、回復可能性、社会的支援の不足など、多くの問題が議論されています。
2026年6月には、カナダ議会の委員会が、精神疾患のみを理由とするMAIDについて、
安全かつ公平に実施できる条件が現時点では整っていないとして、
無期限に対象外とすることを政府に勧告しました。
一方、推進側からは、本人の自己決定権を制限することへの懸念も示されています。
つまり、Carter判決から始まった議論は、現在、
「MAIDを認めるか、認めないか」
から、
「どこまで自己決定権を認めるのか」
という、さらに難しい段階へ進んでいるのです。
👉参考資料:ReutersCommittee recommends Canada not permit euthanasia solely for mental illness
2026年6月17日 委員会は、カナダが精神疾患のみを理由とした安楽死を認めないよう勧告 |ロイター
👉 世界各国の申請プロセスをまとめて確認する場合はこちら(ハイライト)↓
カナダの安楽死制度の歴史から日本が考えるべきこと
カナダの経験を見ていると、一つのことに気づかされます。
安楽死・医師による死の援助をめぐる問題は、
「賛成か反対か」だけでは終わらない
ということです。
制度を認めれば、
「どのような人を対象とするのか」
「本人の意思をどう確認するのか」
「家族からの圧力をどう排除するのか」
「障害や貧困を理由に、本人が死を選ばざるを得ない状況をどう防ぐのか」
「緩和ケアや介護、福祉を十分に受けられる社会になっているのか」
という問題が生じます。
一方で、制度を認めなければ、
「耐え難い苦痛を抱える人の自己決定を、
国家がどこまで制限してよいのか」
という問題が残ります。
カナダは、この二つの価値の間で20年以上にわたり議論を続け、現在もなお制度を修正し続けています。
だからこそ、カナダの経験は日本にとって重要なのです。
👉 日本における安楽死の法律的な扱いについては、こちらで詳しく解説しています↓
👉 安楽死と関係が深い「緩和ケアと安楽死の違い」は、こちらで整理しています↓
「安楽死を認めるか」ではなく、どのような制度をつくるのか
カナダの歴史を振り返ると、Carter判決も、Bill C-14も、Bill C-7も、
それぞれ一つの「答え」だったわけではありません。
その時代の患者、家族、医療者、法律家、市民が、
「人間の尊厳をどう守るのか」
を考えた時点での、一つの答えでした。
そして、その答えは社会の変化とともに再び問い直されています。
2026年現在、カナダ国民の多くは、2016年に成立したMAIDの基本的枠組みを支持しています。
しかし、その支持は無条件ではありません。
対象を広げるほど、国民の意見は割れていきます。
この事実は、日本でこれから安楽死・医師による死の援助を議論する際にも、非常に重要な示唆を与えてくれます。
私たちが考えるべきなのは、
「安楽死に賛成か、反対か」だけではありません。
その前に、
「人が最後まで尊厳を持って生きられる社会とは、どのような社会なのか。」
を考える必要があります。
そしてもし、本人の自己決定による人生の最終段階の選択を制度として認めるのであれば、
その制度によって、誰一人として『死ぬしかない』と思わされることのない社会を、同時につくらなければならない。
カナダの20年以上にわたる歴史は、そのことを私たちに教えているのではないでしょうか。
👉 世界各国の安楽死制度を知りたい方は、こちらで解説しています↓
まとめ──カナダ安楽死の歴史は現在も続いている
カナダのMAID制度成立までの歴史は、1993年のスー・ロドリゲス氏の裁判から始まりました。
その後、
1993年 Rodriguez判決
↓
2011年 Carter訴訟
↓
2015年 Carter判決
↓
2016年 Bill C-14・MAID制度成立
↓
2019年 Truchon判決
↓
2021年 Bill C-7・制度拡大
↓
現在 制度の適用範囲と安全性をめぐる議論
という長い道のりを歩んできました。
2024年には16,499人がMAIDを受け、制度開始からの累計は76,475件に達しました。
一方、2026年のAngus Reid Instituteの調査では、2016年の制度への支持は77%と高いものの、2021年の拡大では53%、精神疾患のみを理由とするMAIDでは43%まで低下しています。
つまり、カナダでは現在も、
「自己決定をどこまで尊重するのか」
「弱い立場の人をどこまで守るのか」
という二つの価値がせめぎ合っています。
カナダの歴史は、制度を作れば問題が解決するわけではないことを示しています。
制度を作った後も、その制度が本当に人間の尊厳を守っているのかを、社会は問い続けなければならないのです。
そして、この問いはカナダだけのものではありません。
日本でも、これから避けて通ることのできない問題になるでしょう。
👉 安楽死とは何かを整理したい方は、こちらで全体像を確認できます↓
👉 混同されやすい、安楽死と尊厳死の違いをを知りたい方は、こちら(延命治療との関係も整理)↓
👉 地図で確認する安楽死が合法の国 一覧と各国制度は、こちらで詳しく解説しています↓
図①:カナダMAID制度史タイムライン
1993
Rodriguez判決
↓
2015
Carter判決
↓
2016
Bill C-14
MAID法制化
↓
2019
Truchon判決
↓
2021
Bill C-7
Track 1 / Track 2
↓
2024
Bill C-62
精神疾患MAIDを2027年まで延期
↓
2026
現在も制度拡大・監視をめぐる議論
図② 法律がどう拡大したか
時点 | 法制度 | 対象の考え方 |
2016 Bill C-14 | MAID制度開始 | 自然死が合理的に予見可能 |
2019 Truchon | 司法判断 | RFND要件を違憲判断 |
2021 Bill C-7 | 制度拡大 | RFND要件撤廃 |
2021~ | Track 1 / Track 2 | 死期の予見可能性で安全措置を区別 |
2024 Bill C-62 | 精神疾患のみ除外 | 2027年3月17日まで延長 |
2026 | 現在 | 精神疾患MAID等をめぐり議論継続 |
FAQ|カナダ安楽死・MAID制度についてよくある質問
Q1.カナダでは安楽死は合法ですか?
A.はい。カナダでは、Medical Assistance in Dying(MAID)が連邦法の下で制度化されています。2016年にBill C-14が成立し、一定の法的要件と安全措置のもとでMAIDが認められました。
Q2.カナダのMAID制度はいつ始まりましたか?
A.2016年です。2016年6月17日にBill C-14が国王裁可を受け、MAIDが連邦法上の制度として導入されました。
Q3.Carter判決とは何ですか?
A.2015年2月6日にカナダ最高裁判所が下した判決です。Carter v. Canada (Attorney General), 2015 SCC 5において、一定の条件下で医療者による死の援助を禁止する刑法規定がカナダ権利自由憲章に反すると判断しました。この判決が、2016年のMAID法制化への重要な転換点となりました。
Q4.Truchon判決はMAID制度にどのような影響を与えましたか?
A.2019年9月11日、ケベック上級裁判所は、自然死が「合理的に予見可能」であることをMAIDの適格要件とする連邦法の規定を違憲と判断しました。この判決は、後のBill C-7による制度変更に大きな影響を与えました。
Q5.Bill C-7で何が変わりましたか?
A.2021年のBill C-7によって、「自然死が合理的に予見可能」であることを求める要件が撤廃されました。その結果、自然死が合理的に予見可能ではない人も、法律上の条件を満たせばMAIDの対象となり得る制度になりました。一方、対象者に応じて異なる安全措置も設けられました。
Q6.Track 1とTrack 2とは何ですか?
A.Track 1は自然死が合理的に予見可能な人、Track 2は自然死が合理的に予見可能ではない人を対象とする制度上の区分です。Track 2では、より長期間・複雑な評価が必要となることを前提に、追加的な安全措置が設けられています。
Q7.カナダではMAIDを受ける人が増えていますか?
A.はい。Health Canadaの第6回年次報告書によると、2024年には16,499人がMAIDを受けました。2016年の制度開始から2024年までの累計は76,475件です。ただし、2024年の年間増加率は6.9%で、2019年以降、増加率は低下しています。
Q8.カナダでは精神疾患だけを理由にMAIDを受けられますか?
A.2026年8月現在、精神疾患のみを唯一の基礎疾患とするMAIDは対象外です。Bill C-62により、この除外措置は2027年3月17日まで延長されています。今後の制度については、議会による検討も予定されています。
Q9.安楽死と尊厳死は同じですか?
A.一般には同じ意味ではありません。安楽死は、医療者が患者の死を直接もたらす行為を指すことが多いのに対し、尊厳死は、延命治療の差し控え・中止などによって自然な死の過程を尊重する考え方を指すことが一般的です。ただし、用語の定義は国や文献によって異なります。
Q10.MAIDは緩和ケアを否定する制度ですか?
A.必ずしもそうではありません。カナダの研究では、MAIDと緩和ケアの双方に関心を持つ人が一定数存在することが報告されています。また、MAIDの評価過程では、利用可能な治療や緩和ケアについての情報提供が重要な要素となっています。MAIDと緩和ケアは、目的や方法が異なる一方、苦痛への対応という点で接点を持つ制度・医療領域です。
Q11.カナダのMAID制度には反対意見や慎重論もありますか?
A.はい。制度の拡大については、患者の自己決定を重視する立場だけでなく、障害者・社会的弱者への影響、社会的・経済的な未充足ニーズ、精神疾患への適用、制度監視、緩和ケアとの関係などについて慎重な議論があります。一方、社会的脆弱性がMAID利用全体を説明するという単純な見方を支持しない研究もあります。本ページでは、双方の研究・資料を可能な限り紹介しています。
Q12.カナダのMAID制度は「誰でも死を選べる制度」なのですか?
A.いいえ。MAIDには、年齢、判断能力、医学的状態、本人の自発的な意思、苦痛などについて法律で定められた条件があります。また、自然死が合理的に予見可能かどうかによって、適用される安全措置も異なります。
Q13.カナダのMAID制度は今後さらに拡大する可能性がありますか?
A.議論は続いています。特に、精神疾患のみを理由とするMAID、事前指示によるMAID(advance requests)などが重要な論点です。精神疾患のみを理由とするMAIDについては、現在の法律では2027年3月17日まで対象外とされています。
嘆願書送付アクション
本サイトでは、各国制度、安全性・濫用防止、緩和ケア、身体疾患による苦痛と自殺などについて、国会提出用の補足資料も公開しています。
書類 一覧
・嘆願書 本文『人道的終末選択の法制化に関する提言書』
・補足資料① 日本における安楽死制度の法的現状と制度的空白
・補足資料② 各国制度比較と日本への制度モデル
・補足資料③ 制度設計・安全性確保・濫用防止策
・補足資料④ 緩和ケアの限界と終末期医療の課題
・補足資料⑤ 身体疾患・身体障害による苦痛と自殺の実態
・カバーレター:ご挨拶(1ページ)
・要約文(2ページ)
参考文献・主要研究
1.カナダのMAID制度・法律・判例
Supreme Court of Canada
Carter v. Canada (Attorney General), 2015 SCC 5, [2015] 1 S.C.R. 331.
2015年2月6日のカナダ最高裁判決。医療者による死の援助を全面的に禁止していた刑法規定について、一定の条件下ではカナダ権利自由憲章に反すると判断し、MAID法制化への決定的な転換点となりました。
Government of Canada / Justice Canada
Truchon v. Canada (Attorney General), 2019 QCCS 3792.
2019年9月11日、ケベック上級裁判所が「自然死が合理的に予見可能」というMAIDの適格要件を違憲と判断した判決。後のBill C-7による制度変更につながりました。
Parliament of Canada
Bill C-14, An Act to amend the Criminal Code and to make related amendments to other Acts (medical assistance in dying), 2016, S.C. 2016, c. 3.
2016年6月17日に国王裁可を受け、カナダ連邦法の下でMAIDを制度化した法律です。
Parliament of Canada
Bill C-7, An Act to amend the Criminal Code (medical assistance in dying), 2021, S.C. 2021, c. 2.
2021年3月17日に国王裁可。自然死が合理的に予見可能であることを求める要件を撤廃し、Track 1・Track 2という異なる安全措置を導入しました。
Parliament of Canada
Bill C-62, An Act to amend An Act to amend the Criminal Code (medical assistance in dying), No. 2, 2024, S.C. 2024, c. 1.
精神疾患のみを唯一の基礎疾患とするMAIDについて、適格性の除外を2027年3月17日まで延長した法律です。
2.カナダ政府による統計・制度資料
Health Canada
Sixth Annual Report on Medical Assistance in Dying in Canada. 2025.
2024年のMAID申請22,535件、実施16,499件、2016年からの累計76,475件など、現在の制度運用を把握するための最重要一次資料。
3.MAIDの実態・社会経済的特徴
Downar J, Fowler RA, Halko R, Huyer LD, Hill AD, Gibson JL.
Early experience with medical assistance in dying in Ontario, Canada: a cohort study. CMAJ. 2020;192(8).DOI: 10.1503/cmaj.200016PMID: 32051130
オンタリオ州のMAID実施者2,241人を対象にした初期のコホート研究。社会経済的脆弱性がMAID利用を単純に説明するわけではないことを示す研究として重要。
4.社会的・経済的未充足ニーズに関する研究
Wiebe ER, Kelly M, Spiegel L, Menard JF, Hawse E, Dickinson R.
Are unmet needs driving requests for Medical Assistance in Dying (MAiD)? A qualitative study of Canadian MAiD providers. Death Studies. 2023;47(2):204-210.DOI: 10.1080/07481187.2022.2042754PMID: 35244527
MAID提供者20人へのインタビューを行い、医療・経済・社会的な未充足ニーズとMAID希望との関係を検討した研究。孤独や貧困が関係するケースが存在することを報告。
5.MAIDと緩和ケア
Cheng EY, Mah K, Al-Awamer A, et al.
Public interest in medical assistance in dying and palliative care. BMJ Supportive & Palliative Care. 2022;12(4):448-456.DOI: 10.1136/spcare-2022-003910PMID: 36171108
カナダ国民を対象に、MAIDと緩和ケアへの関心を調査。MAIDと緩和ケアの双方を希望する層が最も多く、両者を単純な対立関係として捉えることの難しさを示しています。
6.苦痛の概念に関するレビュー
Henry M, Alias A, Bisson-Gervais V, et al.
Medical assistance in dying in Canada: A scoping review on the concept of suffering.Psycho-Oncology. 2023;32(9):1339-1347.DOI: 10.1002/pon.6196PMID: 37496186
カナダのMAID研究において「苦痛」がどのように定義・評価されているかを整理したスコーピングレビュー。身体的苦痛だけでなく、心理的・社会的・実存的側面を含む多面的な苦痛概念を扱っています。
7.国民のMAID支持と具体的ケースへの評価
Choi WJW, Astrachan IM, Sinaii N, Kim SYH.
When medical assistance in dying is not a last resort option: survey of the Canadian public. BMJ Open. 2024;14(6).DOI: 10.1136/bmjopen-2024-087736PMID: 38910003
2,140人のカナダ国民を対象とした調査。MAID制度そのものへの支持は73.3%だった一方、治療拒否や治療へのアクセス不足など具体的なケースでは支持率が低下することを示しています。
8.精神疾患のみを理由とするMAIDをめぐる研究
Bahji A, Delva N.
Making a case for the inclusion of refractory and severe mental illness as a sole criterion for Canadians requesting medical assistance in dying (MAiD): a review. Journal of Medical Ethics. 2022;48(11):929-934.DOI: 10.1136/medethics-2020-107133PMID: 33849958
精神疾患のみを基礎疾患とするMAIDの適用を肯定する立場から、制度的・倫理的論点を検討したレビュー。
Pawluk A, Arksey E, Jansens H, Qiao S, McFarlane L.
Medical Assistance in Dying for the Sole Underlying Condition of Mental Disorder (MAiD MD-SUMC): an analysis and qualitative evidence synthesis. BMJ Open. 2026.DOI: 10.1136/bmjopen-2025-105129PMID: 42082220
精神疾患のみを基礎疾患とするMAIDについて、既存の質的研究・概念研究・政策資料を統合した最新のエビデンス・シンセシス。
9.制度監視・提供者集中への批判的研究
Lyon C, Lemmens T, Kim SYH.
Canadian Medical Assistance in Dying: Provider Concentration, Policy Capture, and Need for Reform. The American Journal of Bioethics. 2025;25(5):6-25.DOI: 10.1080/15265161.2024.2441695PMID: 39791998
MAID提供者の集中、政策形成、監督体制などについて批判的に検討し、より透明性の高い監視・改革を求める研究。
10.Bill C-7後の医療従事者の経験
[Bill C-7後のMAID提供者の経験に関する質的研究]
Bill C-7による制度変更後、MAIDの評価・提供を行う医師・ナースプラクティショナーがどのような実務上・倫理上の課題に直面したのかを調べた研究。
MAID制度をめぐる慎重論・反対論――学術研究から見る論点
カナダのMAID制度については、制度の必要性や患者の自己決定を肯定的に評価する研究だけでなく、
社会的・経済的脆弱性、緩和ケアとの関係、制度運用、政策形成、精神疾患を理由とする
MAIDなどについて、慎重な検討を求める研究も発表されています。
ここでは、MAID制度に関する主要な論点を理解するため、
推進・肯定的な研究だけに限定せず、慎重論・批判的研究も紹介します。
1.社会的・経済的な未充足ニーズとMAID
Wiebe ER, Kelly M, Spiegel L, Menard JF, Hawse E, Dickinson R.“Are unmet needs driving requests for Medical Assistance in Dying (MAiD)? A qualitative study of Canadian MAiD providers.”Death Studies. 2023;47(2):204–210.DOI: 10.1080/07481187.2022.2042754PMID: 35244527
20人のMAID提供者へのインタビューを行った質的研究で、回答者は合わせて3,700件以上のMAID評価を経験していました。未充足ニーズそのものは稀だったものの、該当するケースでは孤独や貧困などが関係しており、社会が十分な支援を提供できていないこととMAIDの希望との関係について倫理的な問題を提起しています。
この論文から導ける論点:「MAIDを希望する人のすべてが社会的弱者である」ということを示す研究ではありません。
一方で、社会的・経済的な未充足ニーズがMAIDの希望に関係するケースが存在する以上、制度設計では医療以外の支援へのアクセスも考慮する必要があることを示す研究として重要です。
2.「社会的弱者がMAIDに追い込まれている」という単純な説明への反証
Downar J, Fowler RA, Halko R, Davenport Huyer L, Hill AD, Gibson JL.“Early experience with medical assistance in dying in Ontario, Canada: a cohort study.”CMAJ. 2020;192(8):E173–E181.DOI: 10.1503/cmaj.200016PMID: 32051130
2016年6月から2018年10月までのオンタリオ州における2,241人のMAID死亡者を、州内の一般死亡者186,814人と比較したコホート研究。
MAID受給者は一般死亡者と比較して、高所得層の割合が高く、施設居住者が少なく、既婚者が多いなどの特徴を示しました。また、MAIDを希望した患者の74.4%では、MAID申請時点で緩和ケア提供者がケアに関与していました。
そのため著者らは、この初期のオンタリオ州のデータからは、MAIDが社会的・経済的脆弱性によって単純に駆動されているとは考えにくいとしています。
前項のWiebeらの研究と矛盾するように見える研究。
つまり、
「社会的要因が関係するケースは存在する」と「MAID受給者全体が社会的弱者に偏っているとはいえない」
という両方の知見があり、議論を単純化しなこと。
3.制度運用・政策形成に対する批判的研究
Lyon C, Lemmens T, Kim SYH.“Canadian Medical Assistance in Dying: Provider Concentration, Policy Capture, and Need for Reform.”The American Journal of Bioethics. 2025;25(5):6–25.DOI: 10.1080/15265161.2024.2441695PMID: 39791998
カナダ保健省の年次報告などを分析し、MAID提供者の集中や政策形成・制度運用について批判的に検討した研究です。著者らは、制度の透明性や監督、患者保護を強化する必要があると論じています。
この論文はMAID制度にかなり批判的な立場を取っています。そのため、本ページでは著者らの評価を事実として断定するのではなく、
「Lyonらは、MAID提供者の集中や政策形成過程について批判的な分析を行い、制度改革と監督強化を提案しています。」
と捉えるのが適切です。
精神疾患を理由とするMAIDをめぐる議論
4.精神疾患単独の場合のMAIDを肯定的に検討する研究
Bahji A, Delva N. “Making a case for the inclusion of refractory and severe mental illness as a sole criterion for Canadians requesting medical assistance in dying (MAiD): a review.”Journal of Medical Ethics. 2022;48(11):929–934.DOI: 10.1136/medethics-2020-107133PMID: 33849958
このレビューは、カナダにおいて難治性・重度の精神疾患を唯一の基礎疾患とするMAID(MAiD MD-SUMC)を制度上認めるべきかについて肯定的な議論を展開しています。
5.精神疾患MAIDをめぐる倫理・制度上の複雑性
Pawluk A, Arksey E, Jansens H, Qiao S, McFarlane L.“Medical Assistance in Dying for the Sole Underlying Condition of Mental Disorder (MAiD MD-SUMC): an analysis and qualitative evidence synthesis.”BMJ Open. 2026;16(5):e105129.DOI: 10.1136/bmjopen-2025-105129PMID: 42082220
2026年に発表された質的エビデンス統合研究で、精神疾患を唯一の基礎疾患とするMAIDについて、既存の研究・倫理的議論・政策文献を分析。
特に、適格性判断、評価、制度実施に伴う倫理的・臨床的・政策的問題を整理しています。
精神疾患MAIDについては、単純な賛否ではなく、意思決定能力、治療可能性、不可逆性、予後の判断、制度上の安全策など複数の論点を検討する必要があります。
緩和ケアとMAID
6.MAIDと緩和ケアを同時に求める人も多い
Cheng EYQ, Mah K, Al-Awamer A, et al. “Public interest in medical assistance in dying and palliative care.”BMJ Supportive & Palliative Care. 2022;12(4):448–456.DOI: 10.1136/spcare-2022-003910PMID: 36171108
カナダの成人を対象とした調査では、重篤な疾患と診断された場合に『MAIDと緩和ケアの双方への紹介を希望した人が44.8%』でした。緩和ケアのみは23.9%、MAIDのみは12.3%、どちらも希望しない人は19.0%でした。
著者らは、MAIDが合法である地域では
緩和ケアを同時に利用できる体制を確保することが重要だと結論づけています。
この研究は、
「MAIDを支持することは、緩和ケアを否定することと同義ではない」
という点を考えるうえで重要な資料です。
MAIDをめぐる研究には賛成・慎重の双方の議論がある
カナダのMAID制度については、制度の拡大を支持する研究だけでなく、安全性、社会的脆弱性、緩和ケアとの関係、精神疾患への適用などをめぐる慎重論も発表されています。
例えば、MAID提供者を対象とした研究では、社会的・経済的な未充足ニーズがMAIDの希望に関係するケースが報告されています。一方、オンタリオ州のコホート研究では、MAIDを受けた人々は一般死亡者と比べて高所得層であるなど、単純に「社会的弱者がMAIDに追い込まれている」とする説明とは一致しない結果も報告されています。
また、カナダ国民を対象とした研究では、MAIDそのものへの支持は高い一方、具体的なケースになると支持率が低下することも示されています。
したがって、カナダMAIDの評価については、「利用件数が増えた」という事実だけで制度の成否を判断するのではなく、自己決定、苦痛、医療アクセス、社会的支援、患者保護、緩和ケア、制度監視など複数の観点から検討する必要があります。
本ページでは、安楽死制度の法制化を支持する立場からの資料だけでなく、制度の安全性や対象拡大について慎重な立場を示す研究・資料も可能な限り併記しています。
本記事の調査方法・情報源について
本記事は、カナダのMedical Assistance in Dying(MAID)制度について、制度成立から現在までの法改正・判例・統計・学術研究を時系列で整理したものです。
情報源として、以下を優先しています。
カナダ最高裁判所などの司法機関による判例・判決
カナダ議会による法律・法案・審議資料
カナダ政府・Health Canada・Justice Canadaによる公的資料
PubMedに収載された査読付き学術論文
大学・研究機関による研究資料
世論調査会社による調査資料
報道機関による歴史的経緯の補足資料
法制度・統計については、可能な限り一次資料を確認したうえで記載しています。
また、学術研究については、賛成・推進側の研究だけでなく、制度の安全性、社会的脆弱性、障害者への影響、精神疾患への適用、緩和ケアとの関係などについて慎重な立場を示す研究も参照しています。
なお、本記事にはRiPとしての政策的見解・分析を含む部分があります。その場合は、法的事実・統計データ・学術研究による知見と、当サイトによる考察・意見をできる限り区別して記載しています。
最終更新日:2026年8月30日




















コメント