障害者運動の歴史|明治から2000年までをわかりやすく解説【前編】
- リップディー(RiP:D)

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更新日:15 時間前
※最終更新日:2026年7月22日
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※障害者運動とは何か:
障害者運動とは、障害のある人々が教育、雇用、医療、福祉、交通、住宅など、あらゆる社会生活の場面で差別や障壁をなくし、一人の市民として平等な権利を保障されることを目指して行ってきた社会運動です。
かつて日本では、障害者は「保護」や「慈善」の対象として捉えられることが多く、
自らの意思で社会に参加する機会は限られていました。
しかし、戦後になると障害当事者自身が声を上げ、「私たち抜きに私たちのことを決めないで(Nothing About Us Without Us)」という考え方が世界的に広がります。
日本でも、こうした流れを受けながら、障害者運動は福祉の充実を求めるだけでなく、
差別の解消やバリアフリー、合理的配慮、自立生活、そして人権の保障を目指す権利運動へと発展してきました。
現在では、障害者権利条約や障害者差別解消法など、多くの制度や政策の基盤となっています。その歴史を振り返ることは、日本社会が「障害」をどのように理解し、「保護」から「権利」へと価値観を転換してきたのかを知ることでもあります。
また、この流れは、2000年代以降に本格化する尊厳死や安楽死をめぐる生命倫理の議論を理解するうえでも欠かせない重要な背景となっています。
はじめに│障害者運動とは何か──日本の障害者福祉はどのように始まったのか
今日、日本では「障害者の権利」や「バリアフリー」「合理的配慮」といった言葉が広く知られるようになりました。
しかし、こうした考え方は最初から存在したわけではありません。
かつて障害者は、保護や慈善の対象として扱われることが多く、自らの意思で社会参加することは容易ではありませんでした。
そうした状況を変えてきたのが、障害当事者や家族、支援者、研究者たちによる長年の取り組みです。
日本の障害者運動は、福祉制度の整備だけでなく、「障害をどのように理解するか」という社会の価値観そのものを変えてきました。
本稿(前編)では、明治時代から2000年頃までの歩みを振り返り、現在の障害者運動の礎となった出来事や人物を紹介します。
障害者運動の歴史を知る意味
障害者運動の歴史は
単なる福祉政策の歴史ではありません。
それは、障害のある人々が「保護される存在」から「権利を持つ一人の市民」へと社会的な位置づけを変えていく過程であり、日本社会における人権意識の発展そのものでもあります。
その歩みの中では、当事者による自立生活運動や脱施設化運動、教育や雇用の機会拡大、バリアフリーやユニバーサルデザインの普及など、数多くの転換点がありました。
また、国際的な人権思想や海外の障害者運動の影響を受けながら、日本独自の運動も形成されていきます。
こうした歴史は、現在の障害者福祉制度や障害者権利条約、障害者差別解消法などにつながる重要な土台となりました。
さらに、2000年代以降には、
尊厳死や安楽死をめぐる議論とも
深く関わるようになり
障害者団体や関係者は日本の終末期医療や生命倫理の議論において大きな影響を与えていくことになります。
まずは、その原点となる明治時代から、日本の障害者運動の歩みを見ていきましょう。
👉 日本における安楽死の法律的な扱いについては、こちらで詳しく解説しています↓
🎧音声による動画解説
要約図(自由使用可)

【第1章】
明治期|日本の障害者福祉の原点
近代日本における障害者福祉は、
国家ではなく、一人ひとりの篤志家による活動から始まりました。
石井亮一(1865–1934)
1897年、日本で初めて知的障害児のための教育施設「滝乃川学園」を創設しました。
石井はアメリカでフランスの医師エドゥアール・セガンの教育理論を学び、日本へ持ち帰ります。当時、知的障害児は教育の対象と見なされることがほとんどありませんでしたが、石井は「教育によって可能性を伸ばすことができる」と考えました。
滝乃川学園は、日本における知的障害児教育・福祉の原点とされています。
※ホームページ代表挨拶より

高木憲次(1889–1963)
1942年には、日本初の肢体不自由児施設「整肢療護園」を創設しました。
高木は「肢体不自由」という言葉を提唱し、
医療・教育・職能訓練を一体的に行う「療育」の理念を確立しました。
現在の障害児リハビリテーションの原型は、高木の思想に大きく影響を受けています。

明治期の 障害者福祉の特徴
福祉は国家ではなく民間が中心
「保護」「教育」が主目的
権利という考え方はまだ存在しない
※出典・参考
👉 「滝乃川学園」のホームページはこちら↓
👉 「整肢療護園」のホームページはこちら(心身障害児総合医療教育センター)↓
【第2章】
戦後民主化と障害者当事者運動の始まり
第二次世界大戦後、日本は民主化の時代を迎えます。
障害者福祉も大きな転換期を迎え、「障害者本人が声を上げる」という当事者運動が始まりました。
糸賀一雄(1914–1968)
1946年、滋賀県で近江学園を創設しました。
糸賀一雄が残した
「この子らを世の光に」
という言葉は、日本福祉史を代表する理念となっています。
ここでいう「世の光に」とは、「障害のある人を社会が守る存在」としてではなく、
「その存在そのものが社会を照らす」という意味です。
この思想は、その後のノーマライゼーションや共生社会の理念にも大きな影響を与えました。
全日本聾唖連盟
1947年、
それまで健聴者中心だった組織から脱却し、
「ろう者自身による、ろう者のための運動」
として再出発しました。
これは日本における本格的な当事者運動の出発点とされています。
岩橋武夫とヘレン・ケラー
1948年、
日本ライトハウス創設者の岩橋武夫は、ヘレン・ケラーを日本へ招き、全国講演を実施しました。その社会的反響は非常に大きく、翌1949年には
身体障害者福祉法
成立への機運を高めることになります。
また、岩橋は現在の
日本視覚障害者団体連合 (http://nichimou.org/ )
の前身となる、日本盲人会連合を設立し、初代会長を務めました。
戦後 障害者運動の特徴
戦後民主化
当事者団体誕生
身体障害者福祉法成立
障害者が「支援される存在」から「社会参加する主体」へ
【第3章】
1970年代|青い芝の会と障害者解放運動
1970年代、日本の障害者運動は大きく方向転換します。
それまでの福祉運動が「保護」や「支援」を求めるものだったのに対し、新たな世代は
「障害者を差別する社会そのものを変えるべきだ」
と訴えました。
青い芝の会
1957年に発足した青い芝の会は、1970年代に入ると脳性まひ当事者による障害者解放運動へと発展します。
横塚晃一(1934–1978)
神奈川青い芝の会会長。
1970年、横浜市で起きた障害児殺害事件に際し、加害者への減刑運動に反対しました。
「障害者だから殺されても仕方がない」という社会の価値観に対し、「障害者の命も等しく尊い」という強いメッセージを発信しました。
これらの事件に対する抗議行動により、青い芝の会が広く知られることになった。
横田弘(1933–2013)
全国青い芝の会総連合会初代会長。
「行動綱領」の起草者として知られ、「健全者文明を否定する」という挑戦的な言葉で、障害者を排除する社会構造を批判しました。
1976年には全国障害者解放運動連絡会議(全障連)の初代会長にも就任し、障害者解放運動を全国へ広げました。
全国「精神病」者集団
1974年、精神障害当事者による全国組織が結成されました。
保安処分制度への反対運動を契機に、「精神障害者自身が語る」運動が始まりました。
川崎バス闘争(1977年)
車いす利用者の乗車拒否に抗議したこの出来事は、
公共交通機関のバリアフリー化を求める象徴的な運動となりました。
1970年代 障害者運動の特徴
「障害からの解放」ではなく「差別からの解放」
当事者主体の運動
社会構造への問題提起
権利運動への転換
【第4章】
1980年代|国際障害者年と社会モデルへの転換
1981年、国連は「国際障害者年」を定め、
「完全参加と平等(Full Participation and Equality)」を世界共通の目標として掲げました。これは、日本の障害者運動にとっても歴史的な転換点となります。
従来の「障害は本人の能力や身体機能の問題である」という医学モデルに対し、
「障害は社会の制度や環境によって生み出される」
という社会モデルの考え方が広く紹介されました。
👉 安楽死制度は不要なのか?社会支援が行き届けば解決するという主張の限界を検証する
この理念を日本で推進した中心的な組織の一つが、1986年に正式発足した
DPI日本会議(障害者インターナショナル日本会議)
です。

↓
👉 出典
👉 DPI 日本会議のホームページ↓
当事者が主体となって国際的な障害者運動と連携し、権利保障やバリアフリー、差別のない社会づくりを訴えてきました。
一方、1984年には宇都宮病院事件が発覚し、精神科病院における虐待や人権侵害が国際的にも問題視されました。
この事件は、1987年の精神衛生法改正(精神保健法への改正)につながり、「社会復帰」や「人権尊重」を重視する制度改革の契機となりました。
👉 安楽死をめぐる賛否の論点を体系的に整理したい方は、こちらをご覧ください↓
【第5章】
1990年代|自立生活運動と地域生活への転換
1980年代後半から1990年代にかけて、日本では
自立生活運動(Independent Living Movement)
が全国へ広がりました。
1991年には、全国自立生活センター協議会(JIL)が結成され、各地の自立生活センターが連携して活動を開始します。
また、日本初の自立生活センターである
JCIL(日本自立生活センター)
は、重度障害者が施設ではなく、地域で暮らすための相談支援、介助者派遣、ピアカウンセリングなどを実践し、日本の自立生活運動を牽引しました。
※👉 日本自立生活センター(JCIL)のホームページ
1993年には障害者基本法が成立し、障害者施策の基本理念が整理されるとともに、精神障害者も法の対象として位置づけられました。
さらに2000年には交通バリアフリー法が制定され、公共交通機関や駅などでのバリアフリー整備が本格化します。
同年には成年後見制度も始まり、判断能力が不十分な人の権利擁護を支える新たな制度が導入されました。
こうして20世紀末までに、日本の障害者運動は「保護される福祉」から
「地域で自立して暮らす権利」
へと大きく方向転換したのです。
👉 安楽死に反対する障害者団体の全体像(日本)|DPI・JCIL・当事者運動の構造
👉 安楽死反対は誰を守っているのか──障害者団体・福祉系NPOの論理構造を検証する
【前編のまとめ】
まとめ|障害者運動は「保護」から「権利」へ発展した
明治期の民間福祉から始まった日本の障害者運動は、戦後の当事者運動、1970年代の解放運動、1980年代以降の国際的な権利運動、自立生活運動を経て、
「障害は個人の問題ではなく、
社会のあり方の問題である」
という認識へと発展してきました。
この歩みは、単なる福祉制度の変遷ではありません。
障害のある人々が「保護される存在」から「権利を持つ市民」へと位置づけられていく歴史でもありました。
そして、この土台の上に、21世紀の生命倫理や「尊厳生」の議論、
立岩真也・川口有美子・児玉真美らによる新たな思想的展開が生まれていきます。
👉『安楽死が合法の国で起こっていること』を読む前に|児玉真美と“命の選別”思想の背景
後編では、「尊厳生」という概念の誕生とともに、
日本の障害者運動が生命倫理へと広がっていく歩みをたどります。

※自由使用・可
👉 安楽死とは何かを整理したい方は、こちらで全体像を確認できます↓
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👉 地図で確認する安楽死が合法の国 一覧と各国制度は、こちらで詳しく解説しています↓
👉 日本の安楽死の歴史・事件を知りたい方は、こちらをご覧ください↓
FAQ
Q1. 障害者運動とは何ですか?
A.障害者運動とは、障害のある人が教育・雇用・生活・移動などの権利を求め、差別のない社会の実現を目指して行ってきた社会運動です。日本では戦後から本格化し、1970年代以降は当事者主体の権利運動へと発展しました。
Q2. 日本の障害者運動はいつ始まりましたか?
A.障害者福祉の取り組みは明治時代から始まりましたが、障害者本人が主体となる「当事者運動」は第二次世界大戦後に本格化しました。1947年の全日本聾唖連盟の再出発や、1970年代の青い芝の会の活動が大きな転換点とされています。
Q3. 青い芝の会とは何ですか?
A.青い芝の会は1957年に発足した脳性まひ当事者の団体です。1970年代には「障害者を差別する社会そのものを変える」という理念を掲げ、日本の障害者解放運動を代表する存在となりました。
Q4. 社会モデルとは何ですか?
A.社会モデルとは、障害の原因を本人の身体機能ではなく、社会制度や環境の側にある障壁として捉える考え方です。1981年の国際障害者年以降、日本でも広く普及しました。
Q5. 自立生活運動とは何ですか?
A.自立生活運動とは、障害者が施設ではなく地域社会で主体的に暮らす権利を実現しようとする運動です。日本では1980年代後半から広がり、JCILやJILなどの自立生活センターが中心的な役割を担いました。
Q6. 障害者運動は現在の法律にどのような影響を与えましたか?
A.障害者運動は、障害者基本法、交通バリアフリー法、障害者権利条約、障害者差別解消法などの制度整備に大きな影響を与えました。現在のバリアフリーや合理的配慮の考え方も、こうした運動の積み重ねの上に成り立っています。
出典・参考(一次資料・公的機関)
・内閣府障害者施策
・デジタル庁 e-Gov法令検索
身体障害者福祉法 https://elaws.e-gov.go.jp/
障害者基本法 https://elaws.e-gov.go.jp/
障害者差別解消法 https://elaws.e-gov.go.jp/
・厚生労働省
・外務省
障害者権利条約
・国際連合(United Nations)
Convention on the Rights of Persons with Disabilities(障害者権利条約)
・United Nations
International Year of Disabled Persons(1981)
障害者団体・当事者団体
・DPI日本会議(障害者インターナショナル日本会議)
・全国自立生活センター協議会(JIL)
・日本自立生活センター(JCIL)
・一般財団法人 全日本ろうあ連盟
・日本視覚障害者団体連合
歴史・福祉施設
・社会福祉法人 滝乃川学園
・心身障害児総合医療療育センター(整肢療護園)
・社会福祉法人びわこ学園
(糸賀一雄・近江学園の歴史)
大学・研究機関
・国立国会図書館リサーチ・ナビ
・国立国会図書館デジタルコレクション
・東京大学大学院立岩真也 関係資料(Archive)
補足資料
・ Wikipedia(青い芝の会・横塚晃一・横田弘・川崎バス闘争など歴史の概要確認)
※Wikipediaは概要把握には有用ですが、
本文では可能な限り一次資料・公的資料・研究書を優先しています。
推奨書籍
・立岩真也『ALS―不動の身体と息する機械』
・立岩真也『私的所有論』
・横塚晃一『母よ!殺すな』
・横田弘『障害者殺しの思想』
・糸賀一雄『この子らを世の光に』
・星加良司『障害とは何か―ディスアビリティの社会理論に向けて』
・長瀬修『障害学への招待』




















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