身体疾患による苦痛と自殺の統計分析――公的データから見える見過ごされてきた規模
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身体疾患による苦痛と自殺――公的統計から見えてくる「見過ごされてきた規模」
(身体疾患 自殺 統計)
日本の自殺議論で見落とされてきた視点
日本の自殺に関する議論では、しばしば「心の問題」や「精神疾患」が前面に置かれます。しかし、厚生労働省の自殺対策白書および警察庁の自殺統計を丁寧に読み解くと、そこには、これまで十分に焦点が当てられてこなかった、しかし看過できない現実が浮かび上がってきます。
それは、
がんや難病、重度の慢性疾患など、身体疾患による
耐え難い苦痛を背景として、自ら命を絶つ人々が、
毎年、数千人規模で存在している可能性が極めて高い
という事実です。
健康問題は、依然として自殺の最大要因である
警察庁統計に基づく「自殺の原因・動機の年次推移」によれば、
令和1年以降においても一貫して、「健康問題」は自殺の原因・動機として最も多く計上されています。
具体的には、
令和1年:9,861件
令和2年:10,195件
令和3年:9,860件
令和4年:12,403件
令和5年:12,403件
と推移しており、多少の増減はあるものの、常に年間1万人前後、あるいはそれ以上の高水準を維持しています。
これらの数値は、各年の総自殺者数(令和1年:20,169人、令和2年:21,081人、令和3年:約21,000人、令和4年:21,881人、令和5年:約21,000人)と比較すると、およそ半数前後に相当します。
すなわち、日本では現在に至るまで、
自殺者の少なくとも二人に一人が、
何らかの深刻な「健康問題」を抱えていた
と推定される状況が、複数年にわたり継続していることが示されています。

例:2019年(令和元年)の自殺動機別グラフ(警察庁公表資料より)
健康問題に含まれる精神疾患と身体疾患の内訳
ただし、この「健康問題」という区分は、非常に幅広い内容を内包しています。
厚生労働省および警察庁が詳細分類を公表していた、
過去の統計(平成19年~平成27年)では、「健康問題」は以下のように内訳化されていました。
うつ病などの精神疾患
統合失調症、依存症、その他の精神障害
身体の病気(がん、難病、慢性疾患など)
身体障害の悩み
これらの詳細データを通年で見ると、健康問題全体のうち、
おおむね30~40%前後が
「身体疾患・身体障害」に直接関連している
ことが一貫して確認できます。
この比率は、年ごとの多少の変動はあるものの、長期的に見て大きく崩れてはいません。


手段別統計が示す自殺構造の長期的安定性
この推定の妥当性を裏づける補助的エビデンスとして、手段別自殺統計の推移も重要です。
平成30年から令和5年までの公的統計を通じて、自殺手段の構成比には顕著な共通点がある。






令和1年版 自殺対策白書~令和6年版自殺対策白書|自殺対策|厚生労働省
「首つり」は、毎年約66~68%で一貫して最多
次いで「飛降り」(約9~15%)、
「練炭等」(約7~9%)が続く
上位3手段で、常に全体の約85%以上を占めている
この構成比は、総自殺者数が増減する年をまたいでも、ほとんど変化していない。
これは、日本の自殺の多くが、
衝動的・偶発的な行動ではなく、
強い致死性を伴う手段を選択せざるを得ないほどの、
持続的かつ深刻な苦痛の末に行われている可能性
を強く示唆している。
特に、長期にわたる身体的苦痛や生活機能の喪失と親和性の高い手段構成である点は、軽視できない。
最新統計による推定――身体疾患が背景の自殺者数
以上を踏まえ、平成19年~27年の詳細統計において確認されてきた
「健康問題のうち30~40%が身体疾患・身体障害に由来する」
という内訳比率を、直近の各年の「健康問題」件数に当てはめると、次の推計が導かれる。
令和1年: 9,861人 × 30~40% ≒ 約3,000~3,900人
令和2年: 10,195人 × 30~40% ≒ 約3,100~4,100人
令和3年: 9,860人 × 30~40% ≒ 約3,000~3,900人
令和4年: 12,774人 × 30~40% ≒ 約3,800~5,100人
令和5年: 12,403人 × 30~40% ≒ 約3,700~5,000人
これらを総合すると、日本では現在に至るまで、
毎年およそ4,000~5,000人前後が、
がんや難病などの身体疾患による
耐え難い苦痛を背景として、
自殺に至っている可能性が高い
と推定される。
重要なのは、この数値が特定の年にのみ現れた例外的なものではなく、
複数年にわたる統計の積み重ねと、
健康問題内における内訳構成の長期的な安定性
の双方から導かれる、
構造的かつ持続的な規模
であるという点である。
すなわちこれは、一時的な社会不安や突発的事象による「異常値」ではなく、
日本社会において長年にわたり静かに存在し続けてきた、
見過ごされてきた現実の一断面を示している。
年間4,000~5,000人という数字が示す社会的意味
年間4,000~5,000人という規模は、決して「例外的」「特殊なケース」として片付けられるものではない。
それは、
医学的に十分な苦痛緩和が得られなかった人々
社会的・制度的支援にたどり着けなかった人々
法的に「選択肢」が存在しなかった人々
が、長期の苦悩と孤立の末に選ばざるを得なかった最終的な帰結である。
にもかかわらず、この現実は、「健康問題」という大括りの中に埋もれ、
身体疾患による自殺として正面から議論されることはほとんどなかった。
※苦痛が緩和できない事実については、こちらから
静かに示されてきたが極めて重い公的数値
これらの数字は、センセーショナルに強調されてきたものではない。
むしろ、公的統計の中に静かに、しかし一貫して記載され続けてきた数値である。
その意味で、本稿で示した推定は「新しい発見」というよりも、
これまで十分に直視されてこなかった現実を、
統計的に再可視化したもの
に近い。
日本の終末期医療、緩和ケア、そして人の尊厳をめぐる制度設計を考える上で、
この数値が示す重みは、もはや無視できない段階に来ている。
結語――尊厳と自己決定を回復する制度的選択肢
以上の検討から明らかなように、日本では長年にわたり、
がんや難病などの身体疾患による耐え難い苦痛を背景として命を落とす人々が、
毎年、数千人規模で存在し続けてきた。
この現実は、個々人の「弱さ」や「心の問題」に還元できるものではない。
むしろ、医学的・制度的・社会的支援が尽きた地点においてもなお、生き方や最期の迎え方を自ら選ぶ権利が認められてこなかった構造を反映している。
終末期医療や緩和ケアは極めて重要であり、今後も充実が求められる分野である。
しかし同時に、緩和が奏功しない苦痛が一定数、現実に存在するという事実を直視するならば、それを補完する制度的選択肢について議論を避け続けることは、もはや中立ではあり得ない。
他国では、厳格な要件と多層的な審査の下で、本人の自由意思と尊厳を最大限尊重する形での安楽死(人道的終末選択)制度が整備されつつある。
それは「死を勧める制度」ではなく、耐え難い苦痛の中にある人が、最後まで自己決定を奪われないための安全装置として位置づけられている。
統計が静かに示してきた数千人という数字は、この議論を「価値観の対立」や「感情的問題」に矮小化することを許さない。
尊厳をもって生き、尊厳をもって最期を選ぶ可能性を
社会がどこまで保障するのか
それは、個人の生死観の問題である以前に、成熟した社会が向き合うべき、避けて通れない制度設計の課題である。

