安楽死とは 基本知識 積極的安楽死
- リップディー(RiP:D)

- 9月21日
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更新日:4 時間前
【安楽死とは 基本知識 積極的安楽死】
まず大前提として、安楽死は学術的に3つの種類に区分されている事を覚えておきましょう。

1.積極的安楽死
2.消極的安楽死
3.間接的安楽死
3以外は、どこかで聞いたことがある人も多いと考えます(3は要は“沈静”のこと)。
上から順に追って説明していきます。
まずは“積極的安楽死”について。
積極的安楽死(Active Euthanasia)

積極的安楽死は、皆さんがイメージするような、いわゆる『安楽死』を思い浮かべてもらってOKです。
ただし、手段が2種類あり、国によってルールに違いがあります。それによって言葉の表現も変わってくる事には注意が必要です。それは安楽死用の『薬』を安楽死希望者にどう投与するかという点です。
1.は、医師からの投与(注射を受けるイメージ)
2.は、本人が自ら投与(コップで飲んだり、点滴開栓を自分で開く)
「どちらも安楽死で良くない?」と、やや面倒に感じる方もいるかもしれませんが、実は全然違います。
少し大げさな表現をすると、つまりは、
1.医師(他者)からの殺人行為(中絶や死刑と同様)
2.他者が、自殺のお手伝いをする行為
このように捉えるとルールの重みに大きな違いがあると理解できます。
医療者側の気持ちや負担感、家族の心情的にも大きな違いが発生します。一般国民が受ける印象もだいぶ違ったものとなるでしょう。
そのような訳で、(多くの方がドキュメンタリー等で御覧になったかと思いますが)例えば、スイスでは、自己投与が絶対です。『医師が注射して…』、は明確な犯罪(殺人行為)に当たります。
※よって、厳密に言うと「スイスで安楽死する」は、半分間違いであり、正確に言うと「スイスに自殺ほう助を受けに行く」が正解。ですが日本では便宜上『安楽死』を使用しています。
一方で「両方の手段を選んで実行してもOK」という国もあります。オランダはもちろん、オーストラリアもそのルールを採用しています。しかし、イギリスは『自殺のお手伝いのみが許される』という法案となっています。国によって意外とバラバラです。
安楽死という行為自体は、多くの人々がイメージする通りで実は難しい話ではありません。安全で安定的な方法論、実施のプロセスは、とっくに完成されています。
しかし、世界が安楽死を認める潮流なってきた時代、日本はどう決断していくのか?それは今後重要なテーマとなってくるでしょう。
簡単に説明してしまえば、要は『注射か点滴か』という問題があるのは覚えておきましょう。
掘り下げると更にたくさんの用語が登場するのですが、ご存知ない初心者の方は、これぐらいで充分かと思います。
ちなみに海外(英語)ニュースでは、
1.は、VAD, Maid(euthanasiaも時々登場)
2.は、assisted dying(assisted death, assisted suicideも時々)が、しばしば使用される用語です。
もっと沢山あるのですが、頻繁に目にするのは上記の用語です。用語の種類や定義は、いずれ別回で『用語集』という形でまとめておきます。
備考
安楽死と聞いて「殺されるかも?」など、過剰に怯えるような感情を持つ人々が少なからずいますが(あえて露悪的な表現をさせて頂くと)
合法的な『殺人(または自殺のお手伝い)』は、社会を見渡して見ると、割とよくあるケースです。
例えば、中絶行為は大原則として法的には殺人と定義されています。

『中絶は原則的には犯罪である、しかし一定の条件下ではその行為が認可される』という事です。
非常にイヤな言い方をすると「小児科医は母体で眠る赤ちゃんをコロ”……する権利がある」とも言えます。この、
『まずは原則犯罪 → でも一定の条件下では許容』
という図式は、実は社会に溢れていますし、中絶に関しては(認可されている国では)世界基準で大原則となっています。

同じように、例えば『正当防衛の権利』…泥棒が自宅に侵入し揉み合う仲で、その泥棒を殺害してしまった…これは殺人という違法行為をしたのか、そうでないのか?
『死刑』という殺人は、どういう法律の解釈の元、実行されているのか?
警察官の銃所持は?犯人と交戦した場合、相手に致命傷を負わせることは法律上どうなっているのか?
国々が戦争状態に発展した時に『銃殺の権利』はどう法的に位置付けられるのか?
※実際に20年前、日本には戦場を体験した、約300万人の帰還兵がまだまだ存命していました。つまり殺人経験のある人々が社会に存在していた…ということです。
そのように考えてみると、実は『安楽死』は意外と
社会に有りふれたテーマの同一線上にある
ことが理解されるでしょう。
そして、こちらでも記しているように安楽死制度の存在は、もはや世界の潮流です。
「安楽死」と聞いて何も分からず「恐い」と過剰に反応してしまう方は、同一線上のテーマを挙げていけば、どちらかと言えば安楽死制度は、意外と穏便なテーマであり、そう柔らかく考えていくと良いでしょう。
尚、トップページにも掲載していますが、私達の『安楽死の有意性』…その根本の考え方は、以下のように表せます。

世の中には不運にも『重い障害』を背負ってしまい
『耐えがたい苦痛』を我慢し
『壮絶な不快感』を抱え 最期には
『精神の限界を突破せんばかりの』人々が少なからず存在します。
つまり世界の潮流の中での一般論としての安楽死とは…
不治の病からの耐え難い苦痛
または末期症状の壮絶な不快感
それらに心理的に苦悩する人々への
医療的なサポート死
当会では、そのように解釈して活動しています。
つまりは『他人事』ではなく、『我が事』として考えていかなければいけないテーマでしょう。
次は消極的安楽死について説明します。
消極的安楽死(Passive Euthanasia)
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