【スロベニア安楽死 #1】スロベニアの安楽死── 一度は法案成立と思われた制度が、2025年11月の国民投票で断念された経緯も含めて
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- 1月5日
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スロベニア安楽死制度の成立と否決|2025年国民投票までの全経緯
はじめに:安楽死をめぐる世界情勢とスロベニア
スロベニアは中欧・バルカンの小国ですが、2020年代に入って安楽死制度の導入に本格的に取り組み始めました。
周囲の合法国や、イギリス・フランスにおける安楽死をめぐる盛り上がりが、少しずつ東へと影響を与えているのが分かります。
本稿ではスロベニア安楽死の経緯を整理し、特に2025年11月の国民投票で制度が否決された歴史的背景も含めて詳しく解説します。
1.スロベニアにおける安楽死議論の立ち上がり

他の安楽死合法国と同様に、2020年代以降スロベニアでも、単に抽象的な賛否ではなく、具体的な制度設計をめぐる深い議論が進んでいきました。
2.2024年の非拘束型国民投票と世論

スロベニアではまず 2024年6月に非拘束型国民投票(法的な拘束力がなく、世論調査的な投票)が行われ、「安楽死制度の導入に賛成するか」という問いに対し、約55%の有権者が賛成 と答えました。
これは 法制度化に向けた世論の一定の理解があるという評価につながりました。
この段階ではまだ制度設計の詳細は示されておらず、抽象的な意志表示に留まっていました。しかし、国民が肯定的な回答を示したことで、立法プロセスが本格化していきます。

3.2025年7月:国会での法案可決
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2025年7月18日、スロベニア国会は 「Assisted Voluntary End of Life Act(自発的終末期死の援助法)」 を可決しました。
これは、いわゆる自殺幇助(assisted dying)を合法化する法案で、次のような主要な条件を含んでいます:
・末期で耐え難い苦痛を抱える患者 が対象
・患者本人の明確な意思が必要
・治療の選択肢が尽き、改善の見込みがない場合に限定
・精神疾患のみを理由とする申請は対象外
・医師による二重確認・待機期間の設定など、慎重措置あり
可決後、一部メディアや国際的な論評では「スロベニアが安楽死を合法化した」と報じられ、制度成立が既成事実化していくかのような雰囲気が漂いました。
日本でも一部で報じられていました。
4.転機:拘束力ある国民投票の要求
しかし、ここで政治プロセスが終わったわけではありません。スロベニアには、法律の施行に対して国民が拘束力のある再投票(国民投票) を求められる仕組みが存在します。
これに対して、
反対派の市民団体や宗教団体、保守的な政治勢力が署名活動を展開
しました。その結果、必要な数を超える署名が集まり、2025年11月23日に「安楽死法の施行を問う国民投票」 が実施されることになりました。
この局面は、立法(国会可決)と直接民主(国民投票)の価値判断が真正面から衝突する重要な局面でした。
5.2025年11月23日:国民投票の結果
2025年11月23日に実施された拘束力ある国民投票では、次のような結果となりました:
賛成(法案施行を支持):約46.56%
反対(法案施行を否決):約53.44%
投票率:約41.1%
反対票は全有権者の一定割合を超え、法的効力要件を満たす結果となりました。
この結果により、2025年7月に国会で可決された安楽死法は 施行されず、事実上廃案となりました。
また、法律上は同一の主題について 少なくとも1年間は再議論が制限される 規定も存在します。
6.なぜ国民投票で否決されたのか
この国民投票の結果は、単に世論が反対に転じたからではなく、いくつかの複合的な要因が影響したと考えられます:
・具体的な制度設計への不信:
国会で可決された法案は慎重な設計とはいえ、詳細な手続きが複雑だったことや、実際に運用された場合の問題点を危惧する声が投票者の間で広がりました。
例えば、医師や医療関係者のうち一部が制度に懸念を示していたという指摘もあります。
・倫理・宗教的反対:
反対派キャンペーンには、保守系団体やカトリック教会といった宗教的・倫理的立場からの訴えが含まれました。
これらの立場は「生命の不可侵性(生命至上主義)」を強調し、国家が死を助けること自体に根本的な疑問を投げかけました。
・緩和ケアへの期待と批判:
安楽死制度反対の論陣の一部には、「まず緩和ケアの充実が優先されるべきだ」という議論もありました。これは、制度化によって十分な緩和ケアが後回しにされる懸念として訴えられました。
こうした複合的な要素が、投票結果に影響したと見ることができます。
7.まとめ:スロベニアの経験が示すもの
スロベニアの事例は、単なる法律成立・否決の物語ではありません。それは以下のような深い示唆を含んでいます:
・法制度の成立には国会可決だけでなく、国民の納得が不可欠
・病の苦痛・医療倫理・社会的価値観は密接に絡み合う
・安楽死制度は法制度であると同時に社会的合意の形成過程そのもの
この経験は、安楽死や終末期医療制度を検討する他国、そして日本にとっても重要な教訓となるでしょう。
賛否を超えて、社会全体がどのように生と死、苦痛と尊厳について議論するかが問われ続けます。







