安楽死は貧困層が選ばされているのか?――「貧困層が対象」というデマをfranceinfoの事実検証と海外データで検証する
- リップディー(RiP:D)

- 1 日前
- 読了時間: 9分
【安楽死は貧困層が選ばされているのか?――「貧困層が対象」というデマをfranceinfoの事実検証と海外データで検証する】
🎧音声による動画解説
要約図(自由使用可)

フランス公共放送franceinfoによる事実検証(安楽死 貧困 デマ)
「安楽死は、海外では主に貧困層に行われている」
フランスでは、こうした主張が国会議員の発言として取り上げられ、かつて社会的な不安を呼びました。
この点について、フランスの公共放送 France info は、『本当か、それとも誤りか』という形式で、事実検証を行っています。
フランス・インフォ(France Info):
フランスの公共サービス、ラジオ放送局であるラジオ・フランスが運営するラジオ・ネットワーク。 フランス・アンフォはインターネット上の情報の正確さの向上を目指す団体「ファースト・ドラフト・ニュース」に参加しています。
Franceinfoが検証した問い
Franceinfoが検証した中心的な問いは、次の一点です。
「安楽死・自殺ほう助は、外国では本当に“貧しい患者”を主な対象として行われているのか」
この問いに答えるため、同メディアはカナダ、アメリカ、オランダなど、制度化が進んでいる国々の
公的統計・政府報告書・学術研究を横断的に確認しました。
結論|安楽死が貧困層に集中しているという統計的根拠はない
Franceinfoの結論は明確です。
現時点で、安楽死が「主に貧困層に対して行われている」と示す統計的根拠は存在しない
つまり、この主張は事実として確認できるデータに基づくものではない、と判断されています。
ここで重要なのは、「貧しい人が一人も含まれていない」という意味ではありません。
そうではなく、
貧困層が過度に多い
経済的弱者に制度利用が集中している
という傾向が、少なくともデータ上では確認されていない、という点です。
データが示す逆の傾向|実際の利用者像
さらにFranceinfoは、単に否定するだけでなく、実際のデータから浮かび上がる傾向にも言及しています。
それは、
安楽死を利用している人々は、平均すると社会的・経済的により安定した層に属している
という事実です。
たとえば各国の研究では、安楽死を受けた人々について、
教育水準が比較的高い
医療制度へのアクセスが確保されている
自身で情報を収集し、制度を理解できる環境にある
といった特徴が共通して報告されています。
これは、「貧しさゆえに追い込まれた結果として安楽死が選ばれている」というイメージとは、明らかに異なる構図です。
なぜ「貧困層が多い」という印象が広まるのか
Franceinfoの記事では、この種の主張が広がる背景についても、慎重に触れています。
それは、
命に関わる制度であること
社会保障や医療格差への不安が強いこと
個別の印象的な事例が、全体像のように語られやすいこと
といった要因が重なり、
感情的な理解が、
統計的事実を上書きしてしまう構造
があるからです。
しかし、公共政策として制度を評価する際には、
個別のエピソードではなく、
全体データに基づく検証が不可欠です。
事実検証が示す、議論の出発点
Franceinfoの事実検証が示しているのは、「安楽死制度は良い」「問題が一切ない」という結論ではありません。
示されているのは、もっと基本的な点です。
恐怖や憶測ではなく、
確認されたデータから議論を始める必要がある
「貧しい人が切り捨てられている」という主張は、
現時点では事実として確認されていない
この冷静な整理こそが、社会的に重いテーマを扱う際の、最低限の共通土台ではないでしょうか。
医療援助死(安楽死)を選ぶ理由|経済ではなく医療的要因
Franceinfoの事実検証は、「貧困層に集中している」という主張を否定するだけでなく、
実際のデータが示す利用者像にも踏み込んでいます。
カナダ・アメリカで共通して見られる傾向
Franceinfoが参照している研究や、同記事で引用されている北米の公的データからは、
安楽死を選択した人々について、次のような共通点が浮かび上がります。
中位〜高位の所得層に多い
教育水準が比較的高い
医療制度へのアクセスが確保されている
主治医や専門医との継続的な関係を持っている
これは、オンタリオ州を対象にした査読付き研究(PMC掲載論文)でも確認されています。同研究では、医療援助死を受けた患者の社会経済的背景を分析した結果、
低所得地域に居住する人々が、医療援助死を受ける割合は、むしろ低い傾向にあった
と結論づけています。
(出典:PMC8154947)
Princeton大学の分析が示す「アクセスの壁」
プリンストン大学公共政策大学院(SPIA)の研究もFranceinfoの論調と一致しています。SPIAは、次の点を明確に指摘しています。
・安楽死死の申請には
制度の理解
医師との対話
書面手続き
複数回の意思確認が必要である
・そのため、
社会的に孤立している人や、
制度にアクセスしにくい人ほど、
利用に至りにくい
つまり、安楽死は「社会的に弱い立場の人が簡単に選ばされる制度」ではなく、
一定の情報環境と医療関係性を持つ人ほど到達しやすい制度だと述べています。
(出典:プリンストン大学公共政策大学院(SPIA))
「苦しみ」の中心は経済ではなく、医療的要因
さらにFranceinfoは、医療援助死を申請する理由についても、複数の研究を引用しています。
そこでは、申請理由の中心は一貫して、
耐え難い身体的苦痛
病状の不可逆的悪化
尊厳の喪失感
自律性の喪失への恐れ
であり、経済的理由が主因であるというデータは示されていません。
OHRI(オタワ病院研究所)も、公式声明の中で、
安楽死の利用は、社会経済的脆弱性や、緩和ケアへのアクセス不足によって説明されない
と明言しています。
第5回カナダにおける医療支援死亡報告書 2023年 - Canada.caより当会が独自に作成

カナダの現状については、こちらも参照してください。
なぜ「貧困層が対象」という言説が広まるのか
では、なぜ事実と異なるこの言説が、繰り返し政治の場で語られるのでしょうか。Franceinfoは、この点についても、直接的ではないものの、文脈の中で重要な示唆を与えています。
① 数字ではなく「象徴的な恐怖」に訴える言説だから
「貧しい人が死を選ばされている」という表現は、
社会的不公正
弱者切り捨て
国家による命の管理
といった、強い歴史的・倫理的イメージを想起させます。
Franceinfoは、こうした言説が
具体的な統計よりも、
感情に直接訴える力を持つ
ことを指摘しています。
その結果、
検証されていない事例
一部の極端なケース
が、あたかも制度全体を代表しているかのように語られてしまうと分析しています。
② 社会保障不安と結びつきやすい
医療援助死の議論は、必然的に
医療費
高齢化
社会保障の持続可能性
と結びつけて語られがちです。
Franceinfoは、
制度の本来の設計目的(患者の自己決定・苦痛の軽減)と、
社会保障への不安が混同されている状況
を、暗に問題視しています。
この混同が、
「社会保障の代わりに死を与えているのではないか」
という構図を、政治的に利用しやすくしているのです。
③ 「反対理由」として分かりやすい言葉だから
Franceinfoが示唆するもう一つの重要な点は、この言説が
制度反対を表明するための、非常に分かりやすいフレーズであることです。
専門的な制度設計の議論をしなくてもよい
倫理的な不安を一言で表現できる
市民の直感的反発を引き出しやすい
そのため、実証的な裏付けが乏しくても、政治的メッセージとして繰り返し使われてしまいます。
海外データが投げかける本当の問い
ここまで、Franceinfoと各研究が示しているのは、
「貧困層が安楽死の対象になっているかどうか」という問いへの答えだけではありません。
むしろ、次の問いこそが重要だと浮かび上がります。
なぜ制度にアクセスできる人と、できない人がいるのか
情報や医療関係性の格差は、どのように是正されるべきか
本当に守るべき「弱者」とは誰なのか
Franceinfoの事実検証は、
恐怖に基づく議論から、
現実に即した問いへと視点を移す必要性
を、静かに示しています。
日本ではなぜ議論が歪められるのか
海外では、安楽死・医療援助死をめぐる議論は、少なくとも「実際の利用者像」や「社会経済的データ」を踏まえた検証が積み重ねられてきました。
一方、日本に目を向けると、同じテーマが
まったく異なる形で語られている
ことに気づきます。
データではなく「想定された最悪の未来」が議論を支配している
日本の安楽死議論では、しばしば次のような構図が前提として語られます。
制度を導入すれば→ 貧しい人、障害のある人、
高齢者が→ 社会から「生きる価値がない」と判断され
→ 安楽死に追い込まれる
この構図は非常に強い感情的インパクトを持ちます。
しかし重要なのは、
この連鎖が実証データによって示されたものではない
という点です。
海外では、「では実際に誰が制度を利用しているのか」「弱者に集中しているという証拠はあるのか」という問いが検証されてきました。
日本では、その検証が行われないまま、
“そうなってしまうはずだ”という想定が、事実のように語られている状況
「検証されない想定に基づくエピソード」
「実証を欠いた仮定の連鎖」
「根拠が確認されていない想定上の物語」
のように語られ、それに依拠してまう傾向があります。
「議論不能論」が生まれやすい日本的文脈
さらに日本では、
命に関わる話題を公に議論することへの忌避感
自殺問題との強い心理的連結
戦前・戦中の「優生思想」への記憶
が重なり、安楽死の話題そのものが「議論してはいけないもの」として扱われがちです。
その結果、
制度設計の議論に入る前に
「危険だから」「弱者が犠牲になるから」
という言葉が先行し、議論そのものが封じられる状況が続いています。
事実検証が示す、議論の出発点
Franceinfoの事実検証が示しているのは、「貧しい人ほど安楽死を選んでいる」という通念が、実証データに基づくものではない、という点です。
にもかかわらず、この言説は恐怖や不安を喚起する形で繰り返され、本来問われるべき制度設計やアクセス格差、意思決定の保障といった論点は置き去りにされてきました。
感情や想定ではなく、事実から議論を始める。
その最低限の出発点に、日本の議論はいまだ立てていません。
この出発点が、誰によって、どのように、なぜ阻まれてきたのかについては、別の機会にあらためて詳しく述べていきます。
※過去記事では一部考察済みです。参考にしてください。
参考画像:尊厳死法制化反対運動の相関図:2012年の「法案提出阻止」を主導した実像

出典・参考
・低所得の患者は、死亡時に医療支援を受ける可能性が低い可能性があります。プリンストン公共国際問題大学院









