【アメリカ安楽死 #3】イリノイ州が安楽死を合法化 ―Medical Aid in Dying(医師幇助による死)の法制化をめぐる経緯と現状―
- リップディー(RiP:D)
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【イリノイ州が安楽死を合法化 ―Medical Aid in Dying(医師幇助による死)の法制化をめぐる経緯と現状―】

2025年12月13日、イリノイ州知事が、10月31日に州議会で承認されていた安楽死法案に正式に署名をしました。これによりイリノイ州は13番目の安楽死合法化州となりました。
Ⅰ.制度の概要と法的位置づけ
イリノイ州における安楽死合法化の議論は、正確には「Medical Aid in Dying(以下、MAiD)」、つまり医師が処方した薬剤を患者自身が服用することによって死に至る制度となります。
これは医師が直接死をもたらす行為ではなく、患者の自己決定を最終段階まで尊重する制度として、米国の複数州で導入されています。

イリノイ州議会で可決された法案は、末期疾患患者に限定し、厳格な要件と多層的な審査を課した上で、医師による死の幇助を例外的に認める内容となっています。米国においては、オレゴン州を嚆矢として、ワシントン州、カリフォルニア州、コロラド州、ニュージャージー州などが同様の制度を既に導入しており、イリノイ州はそれに続く位置づけにあります。
Ⅱ.法制化に至る社会的・歴史的背景
イリノイ州でMAiDが本格的に議論されるようになった背景には、緩和ケアの進展にもかかわらず(※注1)、なお耐え難い苦痛や尊厳の喪失に直面する末期患者の存在があります。
患者本人や家族、医療従事者による証言が州議会で繰り返し提示され、「生きること」だけでなく「どのように最期を迎えるか」という問いが、公共政策として正面から扱われるようになりました。
特に、がん末期患者や神経変性疾患患者による実体験の共有は、抽象的な倫理論争を超え、制度設計の現実性を議員に突きつける重要な契機となりました。
こうした流れは、イリノイ州に限らず、米国全体で広がる「患者中心の医療」「自己決定権の尊重」という価値観とも軌を一にしています。
※(注1)
Ⅲ.州議会における法案提出と審議の経過
本法案は、州議会において複数回にわたり提出と修正を重ねてきました。最終的に可決された法案では、対象を「余命6か月以内と診断された成人患者」に限定し、精神疾患のみを理由とする申請を明確に排除しています。
つまり、欧州とは異なり、従来のアメリカの安楽死プロセスに沿ったものとなり、大きな目新しさはありません。
州議会での審議では、支持派からは「地下化した自己判断による死を防ぎ、医療の透明性を高める」という主張がなされました。
一方、反対派からは、障害者や高齢者への社会的圧力、宗教的生命倫理への懸念が提示され、激しい論戦が展開されました。
それでも最終的に、法案は上下両院で可決され、州知事の判断に委ねられる段階に至りました。
Ⅳ.知事判断をめぐる政治的状況
2025年10月31日、イリノイ州議会において本法案は最終的に可決されました。
その後、同年12月13日、プリツカー州知事は本法案に署名し、イリノイ州における Medical Aid in Dying(MAiD)は正式に法制度として成立しました。
州議会審議の過程では、支持と反対の意見が鋭く対立し、医師会、宗教団体、障害者団体など多様な利害関係者が活発に意見表明を行ってきました。
知事は議会可決後も一定期間を設け、制度の限定性、安全性、ならびに州としての責任ある運用体制が確保されているかを精査した上で、署名に踏み切ったと説明されています。
プリツカー州知事はこれまで、リプロダクティブ・ライツ(性と生殖に関する健康と権利)や患者の自己決定権を重視する姿勢を一貫して示してきました。
今回の署名は、その政治的立場と価値観を反映したものであり、個人の尊厳を尊重しつつ、厳格な条件下でのみ選択肢を認めるというイリノイ州の姿勢を明確にしたものといえるでしょう。
Ⅴ.他州・他国との比較視点
補足すべき重要な点として、米国型 MAiD は、オランダやカナダの安楽死制度とは異なり、対象を厳格に末期疾患に限定し、かつ「患者自身による自己服用」に限定している点が挙げられます。
これは、連邦制国家である米国において、宗教的・文化的多様性と州の立法権限を尊重した結果として形成された、極めて抑制的な制度モデルといえます。
また、既に制度を導入している他州の公式報告では、MAiD を選択する患者は全死亡者のごく一部にとどまり、その大半ががんを主因とする末期患者であることが示されています。
経済的理由や社会的孤立が主因となった事例は極めて限定的であるとされており、これらの知見はイリノイ州における今後の制度評価においても重要な参照点となるでしょう。
世界の安楽死法案については下記を参照してください。いかにアメリカの安楽死制度が厳格(過ぎる)か理解できると思います。
Ⅵ.まとめ
イリノイ州の安楽死合法化は、2025年10月31日の州議会可決、同年12月13日の知事署名という明確な法的プロセスを経て、正式に制度として成立しました。これは単なる医療制度の導入にとどまらず、「尊厳ある最期とは何か」という根源的な問いに対し、立法という形で一つの答えを提示したものです。
この法制化の過程では、患者本人の声が可視化され、医療・倫理・宗教・政治が交差する中で、社会全体が熟議を重ねてきました。その意味において、本制度は完成形ではなく、今後の運用と検証を通じて成熟していく「生きた制度」であると位置づけることができます。
今後は、具体的なガイドライン運用と年次報告を通じて、制度の実効性と安全性が継続的に検証されることになります。イリノイ州の選択とその帰結は、米国内のみならず、尊厳ある死をめぐる国際的議論においても、重要な参照事例となっていくでしょう。



