【オランダ安楽死 #1】制度の全体像
- リップディー(RiP:D)

- 10月22日
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更新日:6 時間前
【オランダ安楽死】~世界で最も進んだ「生命の自己決定」モデル~
1. 制度の概要と法的な状況
オランダは、2001年に世界で初めて 包括的に安楽死を合法化した国です。
正式名称は「要請による生命の終結および自殺幇助に関する法律(Termination of Life on Request and Assisted Suicide Act)」であり、同法は2002年に施行されました。
この法律により、一定の条件を満たす場合に限り、医師が患者の生命を終結させる行為が刑法上の免責を受けることが明確に規定されました。
制度の運営・監督は、RTE(地域安楽死審査委員会:Regionale Toetsingscommissies Euthanasie)が担っています。RTEは、各安楽死事例を審査し、法的適正性を確認する行政的機関です。
この制度は「Euthanasia(ユーサネイジア)」という英語表現が一般的に用いられ(オランダ語ではEuthanasie)、国際的にもオランダ・モデルとして知られています。
2. 制度導入の経緯と時系列
オランダがこの制度に至るまでには、30年以上に及ぶ司法と社会の議論が存在します。発端は、1971年の「ポストマ事件」でした。
外科医ポストマ氏が、苦痛に耐えかねる実母の懇願を受けて安楽死を実施し、刑事訴追された事件です。この事件をきっかけに、1973年に判決が下され、以後オランダ社会では「安楽死の法的・倫理的境界」をめぐる議論が本格化しました。

その後、1980年代〜1990年代を通じて、裁判所は一定の条件下で医師の行為を違法としない判断を積み重ね、2001年、ついに世界初となる包括的な安楽死法制が制定されました。
つまりオランダの制度は、「突然できた法律」ではなく、30年にわたる司法実務と社会的合意の積み重ねの上に成立したものです。
3. 最新の動向と総括報告(2024年度)
オランダの安楽死制度は、施行から20年以上を経て、今もなお社会に定着しています。
最新のデータによると、2024年の安楽死実施件数は9,958件。前年比で10%増加し、年間死亡者全体の5.8%に達しました。
これは同じ安楽死先進国カナダより多く世界一位(カナダ2023年:4.7%)の割合です。

※NVVEが発表した2024年版の安楽死・年次報告書
内訳を見ると、

安楽死の多くは、
『86.29%』の割合で
『癌、神経系障害、肺障害、心血管障害』
などの基礎疾患がありました。
その他の内訳は以下の通り:
認知症を理由とする安楽死:427件(増加傾向)
精神疾患を主因とする安楽死:219件
18歳未満:1件
カップル安楽死(同伴・二重安楽死):54件(前年度より増加)
なお、2024年には元オランダ首相ヤン・ファン・アフト氏夫妻が「カップル安楽死」を選択したことが国内外で大きく報じられました。

また、2016年に発生した「コーヒー安楽死事件」(認知症患者への安楽死)が2020年に無罪確定したことを契機に、法制度の整備と審査基準の明確化が進みました。


※先述のとおり2024年の、認知症を理由とする安楽死:427件(増加傾向)
4. 主な適格基準(Eligibility Criteria) (オランダ安楽死)
安楽死の適法性は、「要請による生命の終結および自殺幇助に関する法律」第2条第1項で明文化されています。
その基本原則は、2001年制定当時から現在(2024年)まで大きな改訂はありません。
主要な6つの基準は以下の通りです:
患者の要請が自発的かつ慎重に考え抜かれたものであること
患者の苦痛が絶望的で耐え難いものであること
医師が患者に対し、病状・予後について十分な説明を行っていること
医師と患者の双方が、他に合理的な解決策が存在しないと結論したこと
少なくとも1名の独立した医師が診察・書面による意見を提出していること
医療的行為によって安楽死が実施されること
さらに、以下の補足事項も重要です:
末期・非末期の区分は存在しません。
余命が長くても、苦痛が耐え難いと判断されれば申請が可能です。
よって(病態により時間が掛かりますが)精神疾患や四肢麻痺で重度寝たきり状態も、要件を満たせば可能です。
大部分が基礎疾患を有した方が安楽死を申請しますが、疾患の有無は原則的に関係ありません。
希望者が「耐え難い苦痛、壮絶な不快感」を抱え、精神的な限界を突破せんばかりの苦悩があるなら、全てが対象となり得ます。
年齢要件:2023年の改正により、1〜11歳の安楽死も特定条件下で認められました(保護者同意が必要)。
カップル安楽死(Duo-euthanasia):2016年、既存の安楽死法の枠組みで個別に適用され始め、2024年には54件が確認されています。
5. 実施状況の具体的な事例 (オランダ安楽死)
先述のとおりオランダでは、がん・神経疾患・肺疾患・心血管疾患など重篤な身体疾患が安楽死申請の主因の約86%を占めます。
一方で、認知症や精神疾患に関する安楽死も年々増加しており、社会的な議論が続いています。
象徴的な事件として、
「コーヒー安楽死事件」(2016〜2020)
「29歳女性の精神疾患による安楽死」(2023年)が挙げられます。後者は本人がSNSで経過を公開したことで、世界的関心を集めました。精神疾患については別記事で説明します。

また既述のとおり、カップル安楽死のように「共に人生を終える」という選択が倫理的・宗教的議論を呼び、欧州全体で制度の是非が再び問われるきっかけにもなっています。
6. 制度に対する評価と歴史的背景
オランダの安楽死制度は、単なる医療制度ではなく、個人の尊厳と自己決定権を中心に据えた社会モデルとして高く評価されています。
2001年の制度完成から20年以上を経た今日、オランダは「安楽死に関する問題をほぼ経験し尽くした国家」と称されるほどの実績を積んでいます。
このオランダ安楽死の制度は、後発組の安楽死合法国に大きな影響を与えており、大なり小なり制度の仕組みは、オランダの実績を参考に自国の土壌でアレンジして築かれています。
この制度を支える市民団体「NVVE(オランダ自発的安楽死協会)」は1973年に設立され、今も年次報告書や倫理的ガイドラインを発信し続けています。
また、オランダでは「安楽死=死を選ぶ制度」ではなく、「生の終わりを自分で選ぶ自由」として捉えられています。
一方、反対派の中には、第二次世界大戦期の「T4作戦」など、ナチスによる強制的安楽死政策を根拠に批判を展開する勢力もあります。しかし、現代の制度は個人の意思と法的手続きを尊重する全く別の文脈にあることは明白です。

※これは1939年~1941年の歴史的エピソードで反対要素とはなりません。
インターネットおろか、携帯電話もテレビも冷蔵庫も洗濯機もない時代の社会を持ち出しても意味がありません。
”優性思想”を使えば、今に通ずる話になると考えるのは、さすがに無理があるでしょう。

『ナチス、ヒトラー、優生思想、T4作戦』
これらの言葉は、安楽死を反対する人々の間で、必須のアイテム用語となっており、キリスト教の教義を前面に出して反対しづらい(特に日本では一神教の単一教義には馴染まない)集団(もっぱらプロテスタント 福音主義派)の主張、その隠れた代替手段として頻繁に反対フレーズとして多用されています。
「安楽死は自殺であって(キリスト教的)生命倫理に反する卑劣な行為である」
「自殺は神様を裏切る極めて冒涜的で恥ずべき行為である」
「キリストの受難がそうであるように“苦しみには意味がある”」
上記のようにキリスト教生命倫理を隠し持っていますが、それを由来に安楽死を反対すると、特に日本では“ドン引き”されてしまいます。よって、それらの代わりになる主張を編み出して、時にはデマを拡散することで反対姿勢を画策しています。
ちなみにドイツでは1980年代から民間の安楽死協会が、現代では2000年の裁判判例を経て公的に、既に安楽死は認められています。無論、優生思想の実践とは全く異なる現代的なものです。
オランダの安楽死制度は、長い歴史的過程、精緻な法制度、そして市民的合意によって成り立っている世界最先端のモデルです。それは単に「死の制度」ではなく、人間が自らの尊厳をもって生を完結させる自由を保障する社会的仕組みといえるでしょう。



